コメント

    Xとは何だ?(後半)

    第24作目、X、の表紙。X

    題名は X だけ。これまでのような、事件やそのエッセンス・犯罪の本体を暗示する「語」に欠ける時、この作品はどういう内容であるかのヒントもないまま、何を寄る辺に読み始めればよいのか? 読者の混乱を無視して、ストーリーはどんどん進んでいく。

    どこかでも同じようなことを書いたが、異なるものには異なるように設定した意味・理由がある。内容の手掛かりを意図して与えなかったこのストーリーは、特別なストーリー、として読まなくてはならない。
    では X とはどう特別なのか。

    2015年に発行されたこの X、米国の読者の間に様々な感想をもたらした。一般的なものは、
    「これって一話完結の話?」というもの。そしてまた、
    「Xってそもそも何?」という素朴な疑問。本文中にヒントがあるに違いない、と考えて読者は懸命に、隠されたXから、題名に込められた X の意味を見い出そうとする。
    それを見越してグラフトンはたくさんの X をストーリーの中に散りばめた。

    たくさんのxが散りばめられた。

    星が散りばめられた空。オリオン座が見えますか。

    First X
    Xanakis の X。すぐに始まるプロローグ(IN THE BEGINNING …..)の最初の word は人名、Teddy Xanakis。読者は初っ端から煙に巻かれる。これってギリシャ系の名前?どう発音するんだ?最初の最初に、白紙の状態の時に、これだ。そしてその名前に続く第一文で混迷はさらに深まる。
    “Teddy Xanakis は、「あの絵、盗まなくては」と思った。”
    これはもう、初めから先制パンチ。どういう意味だ。Xとはこの女のことか?一体何が始まるんだ?とほとんどの読者は(アメリカ人でも)途方に暮れる。

    すでにあちこちに書いたがグラフトンが彼女のアルファベット・シリーズのスタイルとして確立した、「わたしの名前はキンジー・ミルホーン、カリフォルニア州の(以下省略)」のように「わたし」で語られるストーリーが、AからRまで18話続く。S is for Silence  からは「わたし以外」の視点と「わたし」の視点の混在するスタイルとなる。が、このストーリー、X 、はこのプロローグ(IN THE BEGINNING … )だけがその「わたし以外」の視点で、残りは(つまり第1章から第41章そしてエピローグのAND IN THE END…まで)、一貫して「わたし」の視点で語られる。久しぶりの「元パターン返り」、グラフトンは里帰りした娘のように、伸びやかに楽しく書いている。ような気がする。

    Second X
    その Teddy (Theodora) Xanakis の夫 Ari Xanakis は陸運会社、Excellent Portage、の社長(海運王 Onassis の向こうを張って?)で、その会社もたくさんある傍系会社も車両にはみな同じロゴ、XLNT、を使っている。その頭文字が X。明らかに自分の名前を意識したインパクトのあるロゴ。

    Third X
    次の X は、今でも時々胸がときめく愛すべき刑事チーニー・フィリップスの父親の名前、 X.フィリップス、そしてその名を冠した彼の銀行名、Bank of X. Phillips、のXである。

    Fourth X
    もう一人。ストーリー中半に現れる神父の名前、ザビエル Xavier。

    Fifth X
    これに気づいたのは私だけかもしれない。ストーリーが展開する3月、カリフォルニアは異常乾燥警戒中、平原の緑は枯れ色の黄色に変わり、サンタ・テレサ市民は全員が節水をしている。そういう中で、ヘンリーは水ゼロで済む造園法、xeriscape、を自分の庭で試そうとしている。そのX。ま、無関係なのですが、この X はストーリーの基調風景とも関連しているので、一応ご報告。

    番外 X
    ストーリー前半でキンジーがある人物を見張るのは、空き家のポーチのトレリス(蔦を這わせる格子細工)が作る「小さな X の形」越し。他にもこのレベルのXがあったがいずれも、これでもか、とグラフトンが投げ入れた、明らかに「これではない」惑わしの X。

    多肉植物で構成した水ゼロ造園法。

    多肉植物で構成した水遣りが少なくて済む庭。きれい。

    さて。あなたは1と2が何となくそれらしい、と思いましたね。                   残念! X の第一義に関しては、彼女の意図通り、あなたはグラフトンに翻弄されました。上記はすべて外れ。彼女が意図したXではありません。
    でも、おめでとう!
    X とは Xanakis の X、彼の会社の車両に貼られる会社ロゴの XLNT、の X。ただ、これは副テーマ の X。この物語は正・副二つのテーマがそれぞれ起承転結を辿る。不本意ながら性急に離婚した夫婦が副テーマ。つまり X は夫婦の名前の X。話の運びに大きな一役を担った XLNT 車両の X。

    居間で寛ぐシニア夫婦。

    寛ぐ二人。PexelsのYan Krukovによる写真。

    主テーマを表す X は別にある。

    その主テーマの X とは具体的に。
    それは W is for Wasted ですでに登場していた。X とは、W の登場人物、老探偵ピート・ウォリンスキー、が仕事を貰っていた探偵社からくすねた、彼が持っているはずのない、「案件ファイル」のことだ。雑多な物が入っている箱からそれを発見したキンジーは、そのファイルを急いで元の箱に戻すと間違って捨てたりしないよう、箱の上にX(大切なものを表す記号の X)と書いて、誰の目にも留まらないよう、デスクの下の暗いスペースに隠して椅子を押し込んだ。

    雑多な物を入れる箱。

    バンカー・ボックス。こういう箱の一つにそのファイルはあった。

    この X は変幻自在、核心に向かって収束する。X とは。
    X と書かれたその箱、
    の中のそのファイル、
    に詳述される訴訟案件、
    の当事者、
    によるさまざまな罪、
    その彼の個人的・性的・犯罪指向=異常性、なのである。
    別途にもう一つ。彼の異常の原因を示唆する物が入った郵便小包。事件の象徴として登場。    この全部がX。X 印の箱を開けると最終的に「精神病質者」に行きつく。

    このファイル発見のシーンは W is for Wasted  の中で描かれていた。
    米国読者の感想の中に散見された、これは1話完結の話?という指摘は正しい。
    W is for Wasted に登場した胡散臭い老探偵ピートは、X の事件の中で非常に主要な役割を果たす。ピートは、オフィスに遺した箱の一つから鮮やかに生き返るのである。ピートの真の出番は、X で繰り広げられる精神病質者の物語の中にあった。

    老探偵が殺害されたのは道端。

    老探偵が死んだ夜の路上。PexelsのAhmedによる写真。

    スー・グラフトンは常に進化する作家だ。この X を脱稿、出版に漕ぎつけたのは2015年。年齢75歳。その年で、年々負担になっているはずの執筆にめげるどころか、彼女は作家としての挑戦を厭わない。これまでの1話完結を2話以上にまたがる長い時間の犯罪、という新しいスタイルをキャリアの終わり近くに、試す。すごいよね。

    もう一度。
    X(主テーマ)とは究極的には、Xと記した箱の中の、その昔ピートとキンジーが世話になった探偵社が扱った訴訟案件のファイル、に集められた調査事実のデータ、の主、の異常性ゆえに犯した罪、のことである。
    X(副テーマ)とは、富豪夫婦のこと。X のこの部分は私のお気に入り。第19話から25話までの中でどれが一番か、と問われれば、躊躇なく と私は答える。
    蛇足ながら、主・副テーマを同じXで表すなんて、グラフトンさん、実にお洒落。

    最後に。
    この物語 X(本のタイトル)とは。
    その精神病質者の被害者をピートが追った1988年の調査。そして彼の遺志を継いでキンジーがその精神病質者に真向かう1989年の調査。この二つの調査が明らかにする恐ろしくしかも哀しい物語のことである。

    調査で浮上する娘のApril、当時4歳。

    Aprilは4歳になるところだった。PexelsのAlena Darmelによる写真。

    コメント

    タイトルとURLをコピーしました