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    第3話:ヘンリー89歳からのメッセージ

    クロスワード・パズル。X
    ヘンリーはクロスワード・パズル作家。

    5 階に住む顔見知りが15メートルほど先を歩いていた。真っ直ぐだった長い足がいつの間にか湾曲している。
    そういえば、目顔で挨拶していた同年配の隣人の何人かを、しばらく見かけていない。その代わりか、見覚えのない元気な小学生と若い母親が目につく。そうか、いつのまにか、ここでも世代交代が進んでいるのだ。

    ときどき昼を一緒に食べた大学名誉教授の先生も、遠い町の施設に移ってもう2年になる。彼の妻の訃報を告知板で知って一緒に弔問に行った 10 階の婦人は、私も夫のように認知症になるのかしら、と怖れていたが、その彼女も去年の初夏、私は今度いつ戻って くるの?と息子に尋ねながら、施設にはショートステイに行くと信じて出かけて行った。
    まだそのまま住んでいる老人連は、多くが現在おひとり様。5 階の知人のように、どこか例えば右足の親指が悪くなると、近くばかりか遠くの骨や筋肉までがあちこちのバランスを微調整して、その右足指を庇おうとする。新しいバランスは、すぐさま別の場所へ影響を及ぼし始める。元の不具合をそのまま放置すれば、いずれ別の場所に別の不具合が生じる。彼もまもなく背中が曲がり始めるだろう、擦り足になるだろう。彼は若い頃テニスをして、つい最近までずっと元気だったのだ。

    背中が曲がった老人。

    スイーツを買いに。PexelsのCaroline Cagninによる写真。

    そうした老いの加速を隣人の中に見ると、私は非常に苛立つ。
    誰もあなたを助けることはできない。
    あなたを助けられるのは、他ならないあなた自身だ。
    そう叫びたくなる。
    なんでだ?なんでもっと外に出て人と社会と接しようとしないんだ、なんで体を動かして、少なくとも、きのうできたことはきょうもできる、ための努力をしないんだ?靴を履いて玄関をいやいや出るのは、コンビニに弁当を買いに行くとき、溜まったごみを捨てに行くとき、それだけ。

    コンビニ弁当。

    コンビニ弁当。

    コンビニ弁当。コンビニは今や料理のできない人々の救世主にまで昇りつめた。老人にとっては命の綱である。都会に住む限り、コンビニにさえ辿り着けば、飢えることは免れる。カロリーも栄養も取りあえず確保できる。空腹なのに外に出るのが億劫でまだ袋に残っているポテトチップや菓子パンを食べて胡麻化すより、百倍いい。それよりいいのが、近くの食堂・レストラン・ラーメン屋に行くこと。いらっしゃいませ、ありがとうございました、の外に「ご注文は?」とそばまで来てくれる。少しでも他人と言葉を交わす時間ができる。テーブルに積み重ねられた空の汚れた発泡スチロール皿を、片手でざっと下に落として買ってきた弁当を置いて一人で食べるより、社会の中で食べる方がたとえ一人でも、心身の両方に、千倍いい。
    でも本当なら、私たちは食べることにもっと積極的になって、体にいいものを食べるべきなのだ。料理の経験者ならば、コンビニや外食は奥の手として取っておいて、この際少し頑張らないか。面倒な料理でなくていいんだから。

    一汁一菜の食事。

    一汁一菜。これは豪華版。香のものと(おそらく)お浸し、おまけに水割り、つき。

    一汁一菜でいい、とある料理家も提唱しているじゃないか。飯を炊き、具だくさんの汁を作り、冷凍焼き魚を解凍する。それで 500~700 キロカロリーほどになる。老人にはそれで十分。料理にまつわる、買い物、段取り、複雑な工程の進行、仕上げ、そして片付け、という一連の過程が認知症の予防・改善にいいことは周知の事実、毎日1食だけなら、実行できやしないか。

    一汁一菜の食事。

    魚の次は、肉野菜炒め。これはニラレバ。

    料理の経験のある女の老人は社会性もあるから、男の老人よりましかと言えば、そんなことはない。ほぼ同じ悲惨さ。
    知人の元ダンサーから聞いた話だが、彼女が主宰するシニア体操教室で、83歳の老女に床のマットで手足を伸ばす運動を指導したものの、その後が大変、ひっくり返されて手足をバタバタ動かす亀のように、仰向けの姿勢から起き上がることができなかった、という。寝るのはベッド、食事は椅子に座って、と楽な姿勢で暮らし続け、使わない筋肉が瘦せ細ってしまった。それでもこの老婦人、今はジャズに合わせて歩きながら、先生の「柿もいで」という合図で、歩みを止めずに片手を上に高く伸ばせるようになった、そうだ。

    シニア体操教室でストレッチをする。。

    体操教室でストレッチ。

    なぜ症状が進むのに何もしないのか。
    1.運動をする。
    2.しっかり食べる。
    3.良質の睡眠をとる。
    4.夢中になれる趣味を持つ。
    5.社会との接点を持つ。
    雑誌や新聞で老人の健康を特集すれば、必ずこの5点が強調される。テレビの情報番組でこの5つの重要性はもう耳にタコができるほど聞いた。理解したら実践あるのみ。少しずつでも、毎日。それが健康長生きへのパスポート。

    ピートの遺した暗号。

    暗号。ヘンリーは解読の鍵を見つけた。

    スー・グラフトンはキンジーの大家、ヘンリー、のことをたくさん書いた。ヘンリーはほぼ毎回、登場、理想の老人像として描かれる。そのすばらしさは読者なら誰もがよく知る。
    彼は今回、老探偵ピートのファイルから見つかった1枚の紙、に書かれたズラリと並ぶ数字を見て、僕が、と自ら進んで解読にかかる。数日後にはちゃんと解き終わる。
    89歳の老人ですよ。何の手掛かりもないただの数字の羅列ですよ。

    パン職人。

    何種類ものパンを焼く。

    ヘンリーがキンジーには解けなかったはずの暗号を解くことができたのは、ひとえに毎日の思考力の鍛錬のお陰である。
    彼は生涯をパン職人としてきたが、副業として続けているのがクロス・ワード・パズルの作成。少なからぬ数のファン(熱烈ファンも)もいて、彼は新しいパズルを作りながら、捻りや新奇さを盛り込み、常にファンを喜ばせよう、楽しませよう、と努力している(こんなこと、グラフトンは1行たりとも書いていないが、彼女もそういう工夫をする作家。これ、創作の過程に必須の要素なので)。それだけではない。ヘンリーは時間の管理、モノの管理、がパーフェクト。

    クロスワードの本。

    ヘンリーのクロスワードは人気が高い。

    89歳のその元気はどこから来るのか。ずばり、前記5つの抜本的習慣を毎日の生活の中でマメに行っているからに他ならない。全部。
    上の5つは互いに密に繋がっていて、きゅうりを育てる、近隣老夫人のティー・パーティに特別注文で焼いた菓子を届ける、家庭から出る排水をマルチ材で濾過して再利用する方法を勉強しにセミナーに出かける、皆でクリスマス・ツリーを飾り終わるとエッグノッグ・パーティに移行する、など多岐に渡ることごとをきちんきちんとしていると、そうすることでたくさんの人と会い、その人たちと喋り、その人たちといろいろなことを共有する、そうした刺激が結果的に自分の世界を広げ、自分の健康を維持することに繋がるからだ。

    今でも特別注文でティー・パーティの菓子を焼く。

    ご婦人のお茶会に焼き菓子を届ける(有料)。

    記憶する限りのヘンリーの日常の行動(AからXまで)のいくつかを参考までにリスト・アップ。

    庭仕事の道具が一か所に整然とまとめられる。

    ヘンリーは管理能力が優れる。

    今でもパンを焼き、ロージーの店に卸す。その引き替えに無料の食事。クーポンを貯めて賢い買い物を楽しむ。付き合う女友達がいる。紳士である。庭いじりが好きで花を育てる。この年は庭の草花おろか灌木までが枯れ、それでは水をあまり必要としない庭を作ろう、と新しいことに挑戦する。農作業に必要なシャベルや鍬などの置き場は整然と管理。料理を作りながら飲む水割りは、ジャック・ダニエル指2本分。料理中にキンジーがキッチンの網戸をコツコツ叩くと、中に招き入れ彼女の好きなシャルドネを振舞い、さ、一緒に食べよう、と誘う。よく作るのはミート・ローフ(さすがのヘンリーも怒り心頭に達する時があるが、心を鎮めるために有効な作業が、玉ねぎのみじん切り。そのついでにミートローフができあがる、こともある)。スープは大量に作り小分けして冷凍保存。キュウリがたくさん採れれば漬物にする。クリスマス・ツリーに飾るトリミングは昔から使用している大切なもの、きちんと箱にしまい、屋根裏に収納してある。ツリーは毎年ツリー・マーケットで吟味して購入。キンジーがボーイフレンドに夢中になると、少し妬く。ディーツは受け入れた。

    ヘンリーの十八番、ミート・ろーふ。

    焼き加減はいつも絶妙。

    こうした多岐に渡る活動が可能なのは、ヘンリーが非常に健康であるから。姉兄自分も含めた5人が揃って長寿の健康一家に生まれたおかげ。
    だが何といっても、老化予防の最大の貢献をしているのは、キンジーを拡大家族として自分の生活に招き入れたことだ。ポーチを隔てたスタジオ・アパートメントに彼女がいる。50歳も年下の、まだまだひよっこ、の実直で聡明で、恥ずかしがり屋。自分のことを気にかけてくれる。彼女とのお喋りは楽しい。ヘンリーはキンジーの中によいものを感じ、そこで即決、苦労して建てた部屋を貸すのはこの子だ。キンジーも同様、出会ったその瞬間から彼が大好き。

    いくら健康一家とはいえ姉は100歳近い。結婚しないまま子どもも作らないまま89歳になったヘンリーはいずれ天涯孤独、両親を5歳の時に失い叔母ジンに育てられたキンジーと同様、潜在的に家族を求めていた。赤の他人でありながら、大きな年齢差がありながら、初対面で惹きあうものを感じた二人には、死ぬまで互いの責任を負う覚悟ができている。この絆がキンジーを偏屈から救い、ヘンリーを若く元気に保っている。

    ヘンリーのイメージ。

    ヘンリーはこんな感じ、かな。PexelsのAndrea Piacquadioによる写真。

    老人になってから拡大家族を得るということは、ありえない。自分の面倒を見られなくなった老人は、実の子どもたちでさえ、とても背負い切れない、と思うほど重い荷物だ。何もできなくなった老人の辿り着く先は施設。それが現実。
    好むと好まざるとにかかわらず、私たちの行きつくところが施設ならば、せめて、その時をできる限り遅らせようではないか。それまで、元気いっぱい楽しく生きよう。そのためにできること、どんどんやってみよう。ヘンリーのような「積極的日常」をマメに実践すれば、間違いなくあなたもあなたなりに元気で活発な老後が送れる。

    一人で祝う誕生日。

    ヘンリーとは真逆、1人で祝う誕生日。Pexelsのcottonbroによる写真。

    え?気力が湧かない?面倒くさい?
    うーん、そこはまさしく悪循環の入り口。
    そここそが、一番肝心なところ。自分だけしか自分を助けられない、ところ。正念場。
    そういうときの対応策を自分で開発しようではないか。やる気がないとき、やる気にさせてくれる方法。脳をしあわせにしてあげて、脳にあなたを活性化してもらう方法。
    これは人それぞれ異なる。
    私の場合。やむを得ない場合に使う切り札はいくつか持つが、先日そういう小手先の策を越えた経験をした。

    気分を上げるコツの一つ、皿洗い。

    切り札の一つは「取りあえずの皿洗い」。終わると元気回復。

    少し遅く起きてコーヒーを淹れ、ユーチューブをクリック。しばらくぶりのお気に入りの曲が始まった時、私はそのメロディーを聞きながら、じんわりと脳に幸せが 文字通り広がっていくのを感じた。吸い取り紙に青いインクが吸われて、その紙が薄青く変化する過程、その「動き」、が見えた。その後は、コーヒーは美味だし、朝の風は気持ちがいいし、すっくと立てば今日は何でもできる、そういう気がした。もちろん、そういう日になった。

    長く生きていれば、自分の心がわかる。わかれば対応策もおのずと出る。
    毎日の生活の中から、自分の気分の上がり下がりを注意深く観察して、気分の落ち込みをコントロールするために有効な自分なりの「脳を幸せにする方法」を発見してください。よく見ればたくさんあります。それはあなたの心がダメな方角に傾きそうになったとき、「ふっ」と針をプラス側に戻してくれます。あなたを助けてくれます。
    それができればいつでも、ヘンリーのように生活に前向きになります。
    本当です。

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