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    第4話:ネッド・ロウの挨拶

    夜の侵入者。X
    夜の侵入者。Lennart WittstockによるPexelの写真。

    キンジーはX印を付けた箱の中を検(あらた)め、ピートが残したファイルを開く。
    それは古い告発の記録。
    12 年ほど前、キンジーが探偵社で探偵業見習をしていた頃、ある男がストーカー行為・嫌がらせ・脅迫をしたという事由で、ある女がその男を訴えた、その記録。
    男の名は、Ned Lowe、ネッド・ロウ。

    ネッド・ロウ。この名前を口にしてみると、口蓋や舌先の筋肉に特別な重さを感じる。まずネッドの n の音に。そしてネッドの d に l が続くと、その重さが倍加する。自由や軽やかさを押さえつける強い粘性の音だ。 W is for Wasted に登場した医師 Linton Reed の響きにある軽やかさと好対照をなす。ネッド・ロウの音が持つこの重さ、じわじわと沁み出る彼の異常性のようにも感じられる。

    ハンサムな医師。

    医師リントン・リード(イメージ)。

    確かにそうだ。自分の “見た目” や “ステータス” についてはともかく、その他のことはかなり杜撰であった Linton Reed 医師とは正反対、ネッド・ロウは目的・目標に向かって、多少の迂回があろうと、真っすぐに進んでいく。執念としか言いようがない執拗さで。
    グラフトンはそこまで考えて、この男にこの名前を与えたのだろうか。
    そのついでに、この ロウ という名前に “低い”、”劣る” を織り込んではいないだろうか。気になるが、いかが。
    ネッド・ロウ。新たな精神病質者(サイコパス)の犯罪者。

    サイコパス、ネッド・ロウ。

    サイコパス、ネッド・ロウ(イメージ)。

    T is for Trespass と同様、この X は犯人を捜すストーリーではない。悪意を持って確固とした意志で恋人に病的な嫌がらせを行った男の、隠された犯罪を追ったものである。その恋人が起こした訴訟は途中で取り下げられ、ネッド・ロウが犯したその罪は闇に葬られる。
    が、キンジーがファイルを開いたとき、ネッドはすでに舞台中央に立っていた。

    次々と明らかになる、このサイコパスの隠れた過去の犯罪を私たちは検分する。その犯罪の奥に潜む彼の心の病を見る、その闇を知る。被害者達の悲痛な声を聴く。そして。そうした罪ある行為の背景や彼が生まれ育った環境、ネッド・ロウを悪者として支配する宿命、などなど彼の一生の舵を取る大きな「運命の力」について考察し、少しでも結論に結びつく因果関係を私たちは掴み取ろうとする。

    精神科医タリン(イメージ)。

    彼から精神的ハラスメントを受けたその女はその後大学で学び、精神科医となる。名は Taryn タリン。後日、彼女は彼に傷つけられた恋人・当事者として、また精神科医の立場から、ネッド・ロウという理解を超える犯罪者の病気や犯意について、キンジーと私たち読者にわかり易く具体的にレクチャーする。私たちの彼と彼の罪への理解は、大いに彼女の医学的知見に負うこととなる。

    ネッド・ロウ、サイコパス。
    その一つの特徴は偏執性。
    人は誰も等しく24時間しか持たない。突然何か一つのことに4時間が必要になっても、日々の生活の中での時間割りはほぼ決まっていて、その時間を生み出すためにはかなりの無理を強いられる。ところがネッド・ロウにはそれが無理なくできる。そのための努力を厭わないのは、大きなエネルギー・レベルを持つからか。自分の強い思いはともかく、うまく事が運ばない時の苛立ち、心にかかる大きなストレス、さえ彼の場合はエネルギーに転換されるのかもしれない。

    ネッド・ロウの標的となった、ピート夫妻の家(イメージ)。

    彼は裏口ドアを大きく開けたまま、現場を放棄。

    ネッド・ロウには、ピートが持っていると信じている、是非とも取り戻したいもの、があった。
    そのために、ピートの未亡人ルーシーに近づく。
    彼はこの時、未亡人が警戒しないよう綿密な状況設定を用意、一旦彼女に近づくといとも簡単に彼女の私生活の中に侵入、家中くまなく欲しい物を探す。が、目当ての物は見つからなかった。
    自分の平常の生活を維持しながら、計画、準備、実行、後処理に費やす時間を捻り出し、手間の煩雑さをものともしない。彼は計画を遂行する強い意志と実行力を持ち、ダメならば時を置かず次の手を打つ、新しい手を考える。決して諦めない。

    キンジーのオフィスに賊が侵入。

    キンジーのオフィス。

    次の標的はキンジーだった。
    キンジーはオフィス中に漂う侵入者の悪意に震え上がる。

    キンジーのオフィスに悪意が色濃く漂う。

    キンジーは慄く。cottonbroによるPexelの写真。

    やがて彼が残した所為を一つ一つ辿り、その時彼の心にあった荒廃を見て慄く。

    そこへ到着した精神科医タリンは、部屋を見回して短く言う。

    おやまあ、ネッド・ロウが来たのね。

    精神科医のTaryn。

    後に彼女はサイコパスについて詳しく解説。

    彼女が精神科医の立場から、この理解を超える犯罪者の病気や犯意や犯罪に至る力学について、キンジーと私たち読者にわかり易く説明するまで、しばらく待たなくてはならない。見えない影が未亡人ルーシーを脅かしていることにキンジーは気づいていたが、それどころか、その影はキンジーをもよく知っていたのだった。

    サイコパス、ネッド・ロウ。

    サイコパス、ネッド・ロウ(イメージ)。

    この日のネッド・ロウの行為は、ほんの序の口。
    ただの挨拶。

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