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    7.日本から来ました 

    さようならと手を振る招き猫。w is for wasted
    グラフトンさん、さようなら。

    キンジーのつぶやきが終了するのは、例えば庭仕事を終わらせかけているヘンリーが裏庭から汗だくで登場して、「ああ、早かったね」と彼の言葉が発せられ、それに対してキンジーが「ずいぶん頑張ったじゃない」と応えるとき。
    頑張りすぎて約束をすっかり忘れていたヘンリー。代わりにキンジーがウィリアムを空港で出迎えると、荷物の中の小さなバッグに、何と、猫が。V is for Vengeance で既出の、ヘンリーの姉の足元でうろちょろして、彼女が転ぶ原因になったその猫。
    でも、ヘンリーは知っているの?

    白地が大きい三毛猫。

    猫島の猫。白地が大きい三毛猫はこの頃、珍しい。

    ウィリアムがミシガンから連れ帰った三毛猫は、しっぽが非常に短い。腰高である。ジャパニーズ・ボブテイルと呼ばれている。これは日本猫の代表種ではない。アメリカ人が珍しがり、日本から送られた短い尾同士の掛け合わせが行われ、ジャパニーズ・ボブテイルという種として定着。

    三毛猫は非常に賢い、と言われている。色・模様別統計をみると、白地に黒斑がもっとも知能が高い、とも言われる。確かに。私が高校生の頃うちの子になった白黒が賢かった。猫が人間とかくれんぼや追いかけごっこをするか?その子はした。家の角に隠れてそっと覗くと彼がじっと見つめている、私がまた顔を出すのを知っていて、次に覗くときは2メートルくらい近くに寄ってきている、私は笑いをこらえてそこで反対側に走る、すると彼が追いついて私より早く次の角を曲がる。私はそっと歩いてその角からまた覗く。これを数回繰り返して私は大笑い、抱き上げたその子の息も上がっていた。その白黒は、貰ってきた生後1か月の虎猫2匹に、雄なのに、木登りを教えた。その猫はジャパニーズ・ボブテイルのように腰高で尻尾も短かった。ボブ・テイル種の原型の猫だったのだと思う。

    相談もなく猫を押し付けられて怒り心頭に達していたヘンリーだったが、獣医師に、これは日本の猫で、とても珍しい金目・銀目のジャパニーズ・ボブテイルだ、と言われ、歯の検査を終えて戻るころにはペットに格上げ、エドと名前まで付いている。

    きれいな白地に黒と茶の斑がほどよいバランスで浮かぶ三毛猫、これが伝統的な日本の三毛猫。近頃、きれいな三毛猫はほとんど見ない。交雑の結果、親の模様が強く出た極めて創造的(上の中央はその最たる例)な三毛猫が増えたが、それは本家本元の日本の三毛猫とは言わない。
    三毛猫は遺伝学的に雌。しかし、例外(染色体異常)があるのも本当で、幼いころ、遠洋漁船に安全の守り神として、雄の三毛猫が乗せられた、と父から教えてもらったことがある。南極探検隊にも犬の太郎と次郎と共に加わっていた。雄で金目銀目の三毛猫は更に珍重される、とは母から聞いた。が、ここまで低確率な表出が一匹に集中することは、あまりないような気がする。

    金目・銀目の白い猫。

    金目・銀目の白。

    三毛猫は(往々にして)まっ白な子どもを産む、その子の目が金目銀目のことが時々ある。我が家でも、私がまだ6歳前後の頃、三毛猫が白い猫を2回産んだ。1回目が金目銀目(黄色と水色)、不思議な目だった。その子は大きくなる前に死んだ。次の白猫は3匹生まれた子猫の中で一番小さくひ弱で、やがて後足が不自由なことがわかった。目が開く前に死んだ。
    その頃はキャットフードなどはない。うちの猫たちは毎日の味噌汁の出汁に使う煮干しの出がらしを砕いて飯に混ぜたものを食べていた。あとは、焼き魚や煮魚の残り。特別に、父親はぼそぼそと愚痴りながらも、晩酌の肴の刺身を、じっと傍で無言で見上げる猫たちに順番で少しずつ与えていた。今の猫より栄養状態はずっと悪かった。それでもうちで食べうちで寝るうちの猫たちだった。

    キンジーのスタジオ・アパートメントのドア口に現れたホームレス、フェリックスは、細く長く作った巻き毛が頭の全域から垂れるドレッド・ヘアというスタイル。もともと黒人の専売特許のヘア・スタイル。それを、白人の男の子がしている。しかも、長い毛先が顔にかかるので、忍者すし職人のように、額から布を巻いて。

    ドレッド・ヘア。細い巻き毛。

    ドレッド・ヘア。PexelsのOlha Ruskykhによる写真。

    グラフトンまでが 忍者 ninja を知っているとは。
    私はあるとき、三重県にある大規模な総合廃棄物処理施設を視察する外国人10人程に通訳をした。出発が京都のホテル、バスで出かけた。広い処理施設の中をそのバスで巡る。一通り見て会議室へ戻ると、施設長が挨拶と質疑応答に現れた。それも終わってそろそろ帰途、と私がほっとしているとき、彼は尋ねた。
    「皆さんは日本の忍者を知っていますか?」
    私は、ご存じないと思いますよ、と言いながら、その1文を通訳した。そうしたら、ほぼ全員が同時に頷いたではないか。
    施設長いわく、その施設のすぐそばに伊賀忍者の里があり、忍者屋敷がある、もうすぐ閉館時間だが電話を入れれば待っていてくれると思うので、ぜひ行かれたらいい。

    忍者村の忍者。

    忍者村の忍者。鉢巻ではない。頭巾の額の部分を横に折り込んで固定。

    無作為な国籍の技術者(若者はいない)でも、忍者を知っているのだ。古い家、古い家具、床の間のどんでん返しの壁、手裏剣、追手を遮るために道にばらまく鉄の撒菱(まきびし)、忍者装束の人が文字通り天井裏からストンと降りてきて、色々パーフォーマンス、そして(ここでも)質疑応答があって、全員が(私も)楽しい35分を過ごした。帰りのバスの中はすぐさま静かになり、振りむいて見渡すと、ほとんど全員が眠っていた。

    日本の寿司職人。

    手ぬぐいを使う職人もいるが、近頃はもっぱら寿司シェフ・ハット。

    グラフトンも すしsushi 屋に行ったのだ。カウンターの向こう側で頭に手ぬぐいを巻いて寿司を握る職人を見ながら、おいしい、と食べたのだ。
    確か上海の商業施設にあるスーパーの入り口だった。15年ほど前のことだ。大きなカートに寿司を入れたプラスチックの箱が山のように積まれ、こんなにたくさんどうするの?と私は心配した。夕方再びそこへ行くと、残りはわずか完売間近。中国人も寿司を日常的に食べるのだ、と驚いた。
    三ツ星フレンチ・レストランのシェフが、弟子を連れて名人の銀座の店で寿司を食べる映像を見たことがある。フランス人だろうが味を極めたシェフ、日本における生の魚の見事な捌きと扱いで芸術的な高みに押し上げた味に、うーん、と唸ることは理解できる。でも、一般人が寿司を受け入れたのだ、あの中国料理を何千年と食べていた人たちが。凄いことだ、寿司が「食の東の大国中国」で、そして「西の大国フランス」で認められるようになったとは。

    いや、実は驚くに及ばない。
    世界は自国にあって、外に広い世界があることを知りその世界のことをもっと知りたいと思っているのだ。今や世界中の人々が、楽しいもの、素敵なもの、よいもの、おいしいもの、との出会いを大きく心を開いて待っているのだ。そこには、新しい表現方法ももちろん含まれる。

    漫画制作中。

    漫画の製作途中。

    グラフトンは誰の 漫画 graphic novels, manga を読んだのだろう。手塚治虫の「アトム」かな?

    ここから脇道へ入ります。
    私の大学1年の時のルーム・メートは、鉄腕アトムを知っていた。Astroboyという番組名で、小さい頃よく見た、という。そう言ってから突然、集中モードに入った。私はすぐそばでよくわからないまま静かに待ち、あの主題曲が小さくハミングでその口元から出てきたときは、ほぼ感動した。    ミ・ミ・ミファ~#ファ・ソ~、ソ#ファソラ・ラ・ラシ~ド・ソ~
    これより本道へ戻ります。

    もしグラフトンが手塚治虫をしっかり読んでいたら、彼がディズニーの白雪姫やシンデレラを何回も(その昔は入れ替えがなかったから、ずっと座り続けて)見て漫画の勉強をし、その努力は「鉄腕アトム」やレオという名の白いライオンの物語、「ジャングル大帝」、に結実し、アメリカに設定をパクられたことまで、知っていたはずだ。仕上がりのクォリティは「ライオン・キング」が格段に優れてはいるものの、ファン(私)には未だに割り切れない思いが残る。レッスン料金後払いと思えば、もしくはお互いさまと思えば、ま、いいか。劇団四季の「ライオン・キング」はそれを輸入したもの。

    よくよく考えれば、互いに刺激し合う、というのは素晴らしいことだ。ゴッホの絵画の奥の壁に日本の浮世絵を見つけると、その斬新さを見た芸術家の驚きに私はとても謙虚な気持ちになる。よく行く回転すし屋に掛かる北斎の「富嶽36景」は今見ても、たとえコピーでも、すばらしい。

    漫画は老探偵に妻の調査を依頼する男の職業として登場し、男は manga を熱く語る。嬉しいね。もはや新しい日本のものの紹介ではない。彼が一生をかけた職業としての、漫画。

    ボードウェイのライオン・キング公演。

    ライオン・キングのニューヨーク公演。ここはブロードウェイ。

    ロシアの若い女の子が日本の「可愛い」に魅せられ、渋谷まで買い物に来る(もう古いか)世の中だから、ここまで発達した情報の伝達で、世界中の人が自国にはないもの・味・習慣・技術などのことを知り、それを好きになれば、後はそのドアを見つけ、コツコツと叩くだけで、必要な情報はゲットすることができるようになった。貯金してそのものの故郷を訪ねることもできる。地球が予測・実感できる大きさになった今、そうした文化・習慣の「あるところ」から「ないところ」への流れは必然。急速に全世界に爆発的伝搬をしたものが、スマホ。日本で独自発達した携帯電話は「標準戦争」に負け、最近遂に終焉を迎えた。ポケットの中にコンピューターは不要なのだが、いざ使ってみれば確かに便利。これからも、世界の人が必要とするものは、すべて急速に世界中に広がる。

    世界中に浸透したスマホは私たち全員の必需品。

    私たちの生活必需品、スマホ。Pexelsのfauxelsによる写真。

    そうすれば、小説の中にNissanと書かれていても、特に日本の車と思わなくてもいいのだ。Bicボールペンをフランスのボールペンと認識しているアメリカ人はまずいない。安価で良質であれば、何でもどこでも受け入れられる。均一化が進み過ぎることを心配するとしたら、それは杞憂だ。国民性は滅多やたらなことでは揺るがない。だからこそ、相容れることが不能な大きな文化圏の「まったく異なった価値観」が今この時も衝突するわけだが、世界中の出来事がすぐに伝わる現在、その真意がテレビやSNSで理性的に論ぜられれば、いずれその違いを違うものとして受け入れ、多様性・許容性がより広く深くなり、摩擦は減り、良い意味での均一化が図られることになるだろう。そうすれば「冷戦」はいずれ死後になる。

    XY is for Yesterday にも日本のものが登場していたかもしれない。それでも、一足先に。

    金色の招き猫が「さようなら」。

    日本からさようなら。そして、ありがとう。

    さようなら、スー・グラフトンの日本。                           必ずしも100%正確な日本ではなかったが、グラフトンの中の日本は楽しい日本だった。

    さようならと手を振る招き猫。

    我が家の猫代表から、さようなら。

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