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    13. そうか、もう終わるんだ

    二人で一緒に「黄昏る港=人生」を見る。w is for wasted
    溢れるほどある思い出を語り合う。PexelsのNikita Ananjevsによる写真。

    残るは X、Y、Z のあと3作。

    W is for Wasted の執筆にあたりながら、グラフトンがはっきりと残量や残る時間のことを考えていることが、作品冒頭から強く伺われる。

    スー・グラフトンの書斎(イメージ)

    スー・グラフトンの書斎(image)。PexelsのVlada Karpovichによる写真。

    注目してみると、彼女のその思いは三つの顕われ方をする;
    1. 感傷、
    2. 残る作品に未使用の「ネタ」を投入したいという切迫した願望、そして
    3. 総括。

    まず感傷
    そりゃそうでしょう。1982年初出版の A is for Alibi から、2019年に発行したものの途中で発売中止となった Z is for …まで、37年という月日が経っているのだ。作品一覧はこちら
    それは A から Z までの全作品を書くために必要だった時間であるとともに、2回の離婚を経た42歳のスー・グラフトンが現在の夫に出会い、人生最後の成長をしていく時間でもあった。やがて子どもたちは成長しそれぞれが独立して家庭を築き、二人が夫婦だけの時間を持つようになると、執筆やそのための調査以外は、世界中のその年齢のあらゆる夫婦と同じように、老いていく中で人生の充実を図るために費やされた時間だ。37年という年月はあっと言う間に過ぎた、物理的には長いもののすべてが鮮明に彼女の記憶の中にある。両の手で括ることができる。しかし掬い上げようとするとそこから思い出がいくらでもこぼれ落ちる、とても豊かな時間なのだ。

    老いてなお研究に没頭する。

    老いても現役。PexelsのTima Miroshnichenkoによる写真。

    彼女が書いたものは虚構であると同時に事実でもあった。自分の中にキンジー・ミルホーンを抱(いだ)き彼女を豊かに育みながら、グラフトンは二つの世界を生き、非常に密な時間を持った。

    微笑みながらこちらを見つめる女性二人・

    キンジーとグラフトン(イメージ)。

    さて「感傷」の例を挙げると、キンジーが乗った車の履歴。これは W is for Wasted 第一章冒頭、ムスタングの洗車をするオートショップへ行く途中、走馬灯のようにキンジーの脳裏に訪れる。

    フォルクス・ワーゲン・バグ2台( Bug : アメリカにおける「VWカブトムシ Beetle」の通称)
    A is for Alibi からしばらく、キンジーはベージュ色の 1968年セダンに乗っていたが殺し屋が破壊。
    そこで薄水色の1974年セダンに乗り換える。バイオレット失踪調査の最終日、それも大破。

    ムスタング
    吟味の時間がないまま購入したのが、ど派手で大きいブルーの1970年ムスタング。やたらに目立つので尾行には不適切。だから換えたい。この無類の馬力のお陰で命拾いしたこともあったけど。

    ホンダ・アコード
    最後の車は日本車。W is for Wasted  後半、急いで探してこの車を見つけ、ムスタングを売る。ホンダ・アコード、4ドア・パッセンジャー・カー。Nissan とか Honda はもう日本製と断らなくてもよいのだが、それでも、グラフトンの日本への思い入れ、私は感じますね。この車について述べられる難点は、(あくまでも)バランスを取るため。このシリーズ、26ヶ国語に翻訳された、とウィキペディアにはあるが、18巻まで翻訳されたのは日本語だけではないか?かくも長い間キンジーを愛してくれてありがとう、とグラフトンは思っていたのではないか?願わくば、この紺色のホンダ・アコード、長くキンジーの愛車として彼女に寄り添い、彼女を助け、彼女のために活躍してくれますように。

    思い出の場所。

    振り返ってみれば。

    こうした全作品の断片的回想は、そろそろシリーズを終えることを理解して、来し方を懐かしくなぞる、グラフトンの感傷である。第一巻から読んでいる愛読者にとっても同じこと。これまでグラフトンと同じ時間軸を辿ってきた。しみじみと感慨に耽る。グラフトンの読者サービスでもある。

    次に散見されたのが「すごいネタ」の利用。これまで作品中に書く機会のなかったお気に入りネタ、洒落た比喩・ことば・逸話などが多々溜まっているので、機会を捉えて残る作品中に投入したい、という作家魂。時間にせっつかれ、グラフトンの脳裏で赤信号をチカチカ点滅させている。

    オフィス前に駐輪。

    弁護士は昼休みに運動、オフィス前のここに駐輪。

    そうして採用した例が、少年と見紛う、女弁護士のエピソード。
    老人の遺言書が見つかり、そのあまりに複雑な内容について、いつもの弁護士、ロニー、に相談をしようとする。が、彼は出張中、やむなく彼の代替弁護士に頼む。それがこの弁護士。
    この弁護士の登場はまったく不要であった。彼女は全体のバランスから大きく浮いている。彼女の容姿や行動が標準からかけ離れているからではなく、不必要であるにもかかわらず、グラフトンのあまりに強い思い入れから無理やり登場させたから。ロニーがいなかったので別の人に頼んだ、と半行で済むところが丸々1ページ、フォローアップを加えて数ページに膨らむ。

    その超短・要約は:
    彼女を待つキンジーの前に現れたバイク・ショーツ姿の少年が、実はその女弁護士。キンジーをオフィスへ招き入れデスクの前に座らせると、デスクのあちら側で、
    1.汗みどろの衣服と靴を(ブラも)脱ぎ捨て、
    2.汗を拭き、
    3.乾いている衣服を着て、
    4.ハイヒールを履いて、
    5.身を二つに折ってドライヤーで巻毛を乾かし、顔を上げて言う。
    6.ご用件を伺いましょうか。

    不必要なシーン。私は呆気に取られて読み、最後の6で思わず笑ってしまった。グラフトンはどうしてもこれを使いたかった。面白いので簡単に捨てるには、あまりにも惜しい。埋もれさせたくない。気持ちは大変よくわかる。続く短いやりとりも、面白いのだ。

    メモがいっぱいの作業スペース。

    メモがいっぱいのデスク回り。

    作家はたくさんの走り書きやメモを残す。時を選ばず、脈絡を無視して、ヒントは作家の脳に絶えず訪れる。次の作品の構想、前の作品の直し、新しい表現方法、勉強した内容の忘れていた一部、連作登場人物の一貫性メモ、彼らの未開拓の可能性色々、突然降りてきた凄いアイデア。構想から執筆を経て1作ごとに記録する進行表、脱稿後の総括、膨大な量の調査メモ、なども残る。捨てるわけにはいかない。読み返してみれば、その瞬間の状況が蘇ってさらなるインスピレーションに繋がる可能性がある。その総量は作家の宇宙を満たすほど、大きい。
    でも終わりが近づいている。危機感を抱いてそれに目を通す。そして、なるべく、使う。

    リストアップするだけの数を満たしているのが、「キンジーの愛した男たち」。最後に全員再登場させて総括する。
    第一番目の夫も第二番目の夫も、それぞれ過去の作品の重要な人物として登場しているので省く。高校時代のボーイフレンドも登場、でもガキの頃の恋なんて面白くもないので省く。すると「キンジーの恋人たち」とした方がいいか。
    これは突然に再登場したディーツの誘導尋問的質問で、それに引っかかったキンジーが「恋した男たち」の全容をチラと思い出す形で紹介される。この設定は巧み。事件の重要な事象の接点まで、一瞬のうちに理解させる。お見事です。

    走って近寄る犬。

    喜び勇んで駆け寄る犬。Nikola Vuckovicによる写真。

    放浪癖のあるディーツ。

    ディーツ(私のイメージではもう少し顔が小さい)。

    キンジーの恋人たち:
    1.論外の腑抜け男、ジョナ。別れた妻が「来い」と言うと、しっぽを振って「そっち」に行く。
    2.放浪癖から抜け出せないディーツ。彼からはケニー・ロジャーズの古い唄を思い起こす。カラオケ・デュエットのような歌で、女が「ああ、やはり出て行くのね」と嘆き、男が「もう 1 回だけ引き留めてくれていたら」と嘆く、くたびれる歌だ。
    この二人には恋人としての資格がない。期間限定、しかも期間不特定、の彼らを恋人としてまともに相手にしたのは、キンジーが純粋・純情だったから。そもそもそういう条件下でキンジーの愛を求めるなど、いけ図々しい男たちだ。
    3.チーニーは、文句なくいい男。着るものに気を使いすぎるナルシストの傾向はあるが、刑事としての能力は高い。性格もよい。キンジーとは相性がよかった。ただ、キンジーが先に音を上げた。キンジーには恋人としての資格がない。始終人と一緒にいると息が詰まるのだ。

    身なりに気をつけるチーニー。

    身なりに注意を払うイケメン、チーニー(イメージ)。

    「キンジーの恋人たち」の総括は次々作 Y is for Yesterdayに続く。ジョナの出番が多い。
    結婚はともかく、好きな人や好きなもの・好きなことが多いほど、人生は豊かだ。

    恋人たちもグラフトンの総括対象。
    私も読者も、グラフトンと共に感傷に耽る。
    使われた「特別ネタ」は熱心なファンが運よくもらった「おまけ」。
    ありがとう、スー・グラフトン。

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