新しい試みで読みながら記事を書いています。最後まで読み終わったのですが、記事はまだ第8章にあります。
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    5.化学元素周期表を推理

    九九一覧表。w is for wasted
    九九一覧表。

    得た情報は記憶が褪せないうちにインデックスカードに書き留める。一枚に一情報。駆け出しのころはメモはあまりしなかった。そうしなくてもほとんど覚えていられたから。叔母ジンの教育、rote learning、の成果だ。

    九九一覧表。

    最新「九九一覧」。

    Rote learning、つまり丸暗記。独身の叔母ジンは、まだ小さいキンジーに九九一覧表、州都名、世界中の長い川、化学元素記号等々をそのまま覚えさせた。こうして記憶した内容が役に立ったことはない、使ったこともない、そしてすっかり忘れた、とキンジーは回想する。

    アメリカ全土地図。

    アメリカ地図。州と州都がわかる。

    そうだろう。興味のないことを意味がわからないまま強制的に覚えるのは難しい。覚えたとしても一定の間隔である期間しっかり 強化 しないと、すぐ忘れて掛けた時間と努力のすべてが無駄になる。イタリア語の勉強を始めた時、すぐに「動詞の活用」の章になり、基本形を覚えない限り先に進めない、と理解。そこで私は表ごと全部を丸ごと暗記した。時間をみつけては、各人称・単複の活用一覧表を走り書きする。あっているかどうか、確かめる。その作業を何回も続けた。お陰で、次の週には現在形で文章が作れるようになった。大人が新しい語学を始めるときは、「文法から」が最短距離。骨組み・仕組みを理解することでその言語の秩序が理解できる。あとは「動詞活用」のような「小さな決まり」をしっかり覚えて使いこなせば、その新しい言語を話し始めることができる(ちなみに 現在形 の次は 過去形、その他にも別の時制があった)。

    その勉強が順調に進み始めた時、バンコクへ行くことになった。バンコクではタイ語の勉強を、「ただ聞くだけ、子どもと同じ、耳から覚える」という初めての(アメリカで開発された)方法で試した。驚くなかれ、初めての体験授業で、二人の教師のやりとりを黒板に書かれる絵とジェスチャーの助けで、全員が笑った私も笑った。タイにいるのだからタイ語を優先、いつでもできるイタリア語学習はいったん中止。まだ再開に至っていないが、あの時覚えた僅かな語彙も苦労した動詞活用も、すでにきれいに忘れている(片言喋れるようになったタイ語も然り)。

    世界の川、ナイル川の源。

    世界の川、ナイル川の源、ヴィクトリア湖。

    小さいキンジーが一生懸命に覚えた川の名前や州都名のいくつか、を忘れても当然。でも、「すっかり忘れた」というキンジーの発言は言葉の綾に過ぎない。キンジーは九九をちゃんと覚えて役に立っている。コンビニで煙草を3箱買えば、そこで素早く掛け算をしてレジに着く前に金を用意できる。州都も長い川の名前も幾つかは覚えていて、ニュースの中にその名前が出てくれば、それはもう彼女の一部だから、へー、とそのニュースの概要を理解できる。

    世界最大面積のミシシッピー川。

    ミシシッピー川の夕暮れ。

    でも、化学元素記号?
    ジンは化学が好きだったのか?
    私の、記憶教育実施におけるジンの真意、の探求はここから始まった。

    化学元素周期表。

    化学元素周期表。彼女はこれを全部覚えた。

    A is for AlibiからW is for Wastedまで、例外なく、「孤児の私は独身の叔母に育てられた」と、キンジーの自己紹介のくだりでジンの名前が出てくる。だが、彼女の仔細について多くは書かれていない。それだけに、このジンの「教育」の展開には新鮮なインパクトがある。ジンが突然動き出すからだ。ジンの人となり、それに声、がどっと溢れ出てくるからだ。混乱しているキンジーを正面から見ている彼女の存在感が、暖かいからでもある。

    多くは書かれていないジンだが、その極めて限定的な情報の上に立って考察すると、ジンがキンジーを上記の方法で養育するに至る経緯は(想像の域を出ないが)、次のようになる

    姉同様に生家を出てから20年近く、ジンは(ほぼ確実に)姉夫婦の近くに住み、キンジーもジンの存在をきちんと理解していた。キンジーは突然両親を亡くすと、S is for Silence のデイジーと全く同じ、精神状態が不安定になっていて片時もジンの側を離れることができない。それはそれで好ましい展開であった。一人の暮らしが長く続いていた時、たとえ小さな少女でも、「二人目」の在る生活はジンの生きる目的になったから。無理をすれば自分に負荷がかかるという予測は、眼中にない。能力のある女として社会で生きてきて、キンジーの養育ももちろんできる、という自信があった。

    しかし蓋を開ければ、二人の実際の生活には無理な、悲惨な状況がいっぱい。
    V is for Vengeance (第2章24頁3~21行目)にキンジーが幼かった頃を思い出すシーンがある。

    下着売り場。

    下着売り場。Jody BloemersによるPixabayからの画像 。

    キンジーがデパートのランジェリー売り場で万引きをする初老の女に気づく少し前、3歳くらいの女児が母親の側を離れ、かくれんぼのつもりで陳列品の服の間に隠れる。娘がいないことに気づいた母親は甲高い声で、娘の名前を呼びながら、あちこち探し始める。ここでキンジーは唖然とする。そういう「遊び」や「いたずら」は、(たとえ普通の家庭にはよくあることであっても)キンジーには決して許されなかったことだった。

    キンジーが悪さをしたり口答えをすると、ジンはキンジーをピシャっ(痛かった)と叩き、5歳児にもわかる鬼気迫る真剣さで、「いい?言う通りにしなかったら、泣くほど痛いお仕置きをするからね」。キンジーはその言葉に、その目の中に、ジンの本気を見る。ジンがいつもぎりぎりの状態にあることを子どもなりに理解した。

    当時ジンはカリフォルニア信用保険会社で働いている。詳細は不明だが、ジンは非常に有能だった。だからある日(姉夫婦の忌が明けて)職場にキンジーを連れてきて自分の机の横で塗り絵をさせても、キンジーは泣いたり愚図ったりしないし、ジンの仕事の出来栄えにも納期にも変化はなかったので、経営陣は何も言わない(設定は1955年)。

    とにかく仕事をこなすことでジンは会社に貢献する。その最たるものは、社内保育園の立ち上げ。自分がキンジーを育てることで理解した働く母親の苦労を、後輩のために少しでも軽減させることができた。それはアメリカ初の企業内保育園設立となる。(キンジーが知ったばかりの事実。引用元は後日に。スミマセン)。

    企業内保育園。

    会社はスペース、他の費用は父母が負担。PexelsのYan Krukovによる写真。

    こうした芯のある骨太の女性、とても魅力的です。

    ジンには忍耐力はあったが、時間的・経済的ゆとりもキンジーを「こう育てたい」という熱意・展望もない。ぎりぎりの状況の中で暮らしながら、当座の問題を把握、解決のためには何が必要か、どうすればよいか、次々表出するそうした事態に処するだけで精いっぱいの生活をしている。

    私が以上の考察から得た結論は、次の通り。
    絶対的に必要だったことは、キンジーがジンの仕事を守れるようにすること。二人の生活の基盤。
    そのための即席の具体的な対処策が、丸暗記

    興味が次々に移り、その度ふらふら行先不明で動き回る子どもは、何かに熱中させ落ち着かせることが肝要。そこで、ジンはキンジーに記憶するという作業で興味を集中させることを覚えさせ、全部を覚える忍耐強さ・根気を養い、「記憶」の強化(覚えていればこれは楽しい)や塗り絵やお絵かきをさせ、静かな集中できる時間を得た。英国王室の歴代王・女王の名前、世界の諸宗教、などが役に立つことはあまりなかったが、この教育の所期目的は十分に果たした。

    ジンの横で静かに塗り絵「。

    ジンの横で静かに塗り絵。

    最後に。
    読者の皆さんもよくご存じのように、ジン亡きあと無事に探偵のライセンスを獲得して初めて構えた自分のオフィスが、この会社の一室。キンジーは室料として会社の調査案件を無料で引き受けた。
    その寛大な計らいは、キンジーがジンの姪だったから。つまり、亡きあとも、ジンはそこでのレジェンドだったから。

    キンジーの最初のオフィス。

    キンジーのオフィス。

    そして今、キンジーは記憶力に頼っていた時代を過ぎ、経験から編み出した極めて科学的かつシンプルな手法で、依頼案件の情報を整理・分析して解決へと導く。その根底にあるのは、鍛えられた優れた記憶力・統合力を持つキンジーの灰色の脳細胞である。

    ジンの子育て努力に、乾杯。
    グラフトンの素晴らしい筆力にも、乾杯。

    乾杯!

    乾杯 !!

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