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    3.6,000時間の魔法

    屋外でジャンプするスケートボーダー。w is for wasted
    大空に向かって翔ぶ。

    キンジーは警察を辞めると探偵になるため、これまでに何度も言及のあった探偵事務所でオン・ザ・ジョブ・トレーニングを受ける。彼女はプロローグでこの点について詳しく説明(私たちが初めて知る情報)。探偵のライセンス取得の条件が、この「6,000時間の実地訓練」。この時間数に達してキンジーはが探偵として自立するが、それまでに、何と、3年の月日がかかっている。

    6,000時間。
    一つの技術を習得するためには6,000時間が必要、と言ったのは誰だったのか。カナダ・アメリカの作家、マルコム・グラッドウェル Malcolm Timothy Gladwell は才能についての著作 Outliers でその時間を10,000時間としている(詳しい内容がこちらに)。大変長い時間だ。キンジーのように1日8時間フルタイム労働と同じ(週末は休み)時間をみっちりかけても、6,000時間に達するのに2年11か月、約3年、という月日がかかる。いやあ、何という長さだ。10,000時間なら、もっと長い。5年もかかる。この大量の時間を(当たり前のように)かけることのできるのが大学生で、この長い時間の勉強の結果、人生に必要な社会性と人生の仕事に必要な基本的知識体系を学び取ることができる(大学生諸君、よくよく自覚してくれ)。

    https://yahoo.jp/-hYiAL  このURLで彼の写真を見ることができます。写真右の「サイトのアクセス」を押せば、すぐTed Mastersに繋がりグラッドウェルの話が始まります。言語は英語ですが、大丈夫、美しいわかり易い日本語訳が出ます。トピックは「トマト・ソースと幸せ」!

    人間はその気になればどのようなことにも挑む素晴らしい動物だ。
    昨年夏の東京オリンピック2020では、街中の中学生と見紛う陽に焼けた若い選手が新しく加わった競技で好成績を納め、何年もの鍛錬をストイックに経てきた他競技の選手と同格の、金・銀・銅メダルを獲得していた。それでいいのか、それはつまりその競技の小ささ・未完成度・技術の易しさを示していることなのか、と一瞬思いを巡らした。それはつまらない考えだった。少年少女たちはそれが好きで、毎日毎日、飽きることなく、そのスポーツがうまくなりたい一心で繰り返し繰り返し練習していたのだ。数えなくても、彼らが非常に長い時間を練習してきたことがわかる。遊びではなく、「夢中」であった。2月の中国で開催された北京冬季オリンピック2022でも、同じ。「好き」と「才能」と「時間」の掛け算で、気が付けば、彼らは世界のトップレベルに躍り出ていた。

    あの「藤井少年」は成人を目前にして、何と、5冠王。

    「藤井少年」の伝説の一手。

    「藤井少年」の伝説の一手。

    私は器用貧乏で、アレコレ好きでイロイロ始めたが、結局は「時間」の壁に勝てなかった。どれもこれも中途半端、仕事も初心は果たせず、サマザマな仕事をして、適当なところで手を打ち、そのまま定年退職となった。「夢中」になる仕事ではなかったが、嫌いな仕事でもなかったので、不完全燃焼の苦い思いは、幸い、強くはない。仕事に「燃えるような夢中」はなかったが、夢中になったものはある。今それは老後の生活のコンパニオンだ。

    私の趣味の数独の本。

    数独問題集、上級。

    その一つが数独。50代後半、娘の部屋で数独の本を見つけて、何となく始めた。少しレベルが上がった頃、高松までの飛行機の中、窓際に座った年長の客が鉛筆1本を持ち、じっと考えて数字を入れている様子に、驚いて文字通り見入った。その頃の私は易しい問題でもメモに頼っていた。彼は私が凝視していることに気づいていて、トイレに立つ際、その小さな本を席に置いていってくれた。私はすぐその表紙から、本の題名と出版社名を記憶した。高松に着陸、私は席を立って彼を見送った。ひとこと礼を言おうか迷ったが、軽く一礼をして済ませた。彼は本と鉛筆をポケットに入れると、手ぶらでゆうゆうと出口に一番で到着した。格好いい老人だった。

    その本も、そのシリーズもすべて制覇し、今は「矛盾」以外の問題なら時間さえあれば解ける。メモを書かずに、高松在住のご隠居のように、数の流れを読みながら、決定できればその数を記入、ということもできるようになった。シンガポールに向かう飛行機の中で、ドイツで買った薄い数独の本を、メモなしで解いていた。↑☝👆↑まもなく着陸というアナウンスで、私は搭乗してから初めて席を立った。2、3歩進んだところで目前が真っ暗になる。すぐ後ろを歩いていたスチュワーデスさんが、Are you all right? と尋ねた。私は座席に掴まり、首を横に振った。すると彼女の優しい手が私を近くの椅子に座らせ、すぐに届いたコップを手に持たせてくれ、私はall right に戻った。

    水を飲んで我に戻る。

    一杯の水を飲む。Pexelsのcottonbroによる写真。

    これは単なる貧血だが。
    つい最近たまたまインターネット上で見つけた数独のアプリに挑戦すると、おやおや、問題をダウンロードした途端に時計が動き始まるのに、私は数の入力に手間取り、平均タイムの5倍の時間がかかっている。紙で解く数独にはない戦略が必要で、そのアプリで、新しい戦略を模索した。夢中になる。くたびれていても、もう1題もう1題、と続ける。
    ゲームにはアルコールやたばこのように中毒性・依存性がある。それは重々承知だったが。

    夜もすっかり更け、もう終わりにしよう、と画面を出た。立ち上がってそのままその場に凍り付く。真っ暗な脳の中にもっと暗い淵がぽっかり口を開けていた。ような気がした。その漆黒の暗さ、知らない世界の広がり、に飲み込まれそうな怖さがあった。口の中はからから。脳の酷使は危険。

    教訓。

    数独であれ、ゴルフであれ、何であれ、一つひとつの世界はとても深い。でも、何事もほどほどに。底なしの沼には填まらないように。あくまでも、楽しみとして楽しむ。気分が落ち込んだときに数独を1題解いて、心を落ち着かせる。なかなか仕事が始められないときに数独を1題解いて、やる気を呼び込む。電車ならば座ればすぐ眠れるのに飛行機ではまったく眠れない、そんな私が数独のお陰でどれだけ楽しい空の時間を過ごせたことか。これで十分、これで満足。

    キンジーはその6,000時間で探偵になった。が、あくまでも、最低条件を満足するための6,000時間。探偵になるのに魔法なんて要らない。それ以後は、実際の仕事が探偵業に磨きをかける。幸い、強い正義感・明晰な頭脳・鋭い感性・豊かな感情・並外れた強運に恵まれ、キンジーは今や世界の誰もが認める名探偵。

    ヘンリーのキッチンのイメージ。

    ヘンリーのキッチン(イメージ)。

    色々な事実の繋がりを読み解いて一気に事件解決へと駆けあがるとき、キンジーは自分を信じて猛烈ダッシュ。そういう緊張は事件が終わるとすっかり解け、またヘンリーのキッチンのドアを遠慮がちにコツコツと叩く。いいねえ。死と隣り合わせの深い怖い世界に行っても、キンジーにはちゃんと戻ることのできる世界がある、作った料理を一緒に食べたいと思ってくれる人がいる。

    ヘンリーが作るパスタ。

    さ、一緒に食べよう。PexelsのAnthony Leongによる写真。

    蛇足ながら。
    どれだけ長い時間をかけても、6,000時間でも10,000時間でも、魔法はかからない。魔法がかかるのは、「卓越した才能」と「投入時間」と「夢中」が揃ったとき。「卓越した才能」は非常に少ない。それをわかろう。ただ、たとえそうだとしても、時間をかける意義はある。才能が少々足りなくても、10,000時間をかければ目に見える進歩がある。それで幸せではないか。失敗、だなんて思わないこと、それがあなたの尊い個性なのだから。くれぐれも「10,000時間」かければ東大に入れる、あと「6,000時間」かければピアニストになれる、などと考えないこと。キンジーの6,000時間は、最低条件を満足させるためだけ、の6,000時間。私が数独へかけた時間も、ただの自己満足のため、の長い長い時間。でも、私の人生、その分だけ、もっと楽しくなった。一定期間夢中になって没頭したことは、そういう「おまけ」をプレゼントしてくれる。

    あなたは「あなたの6,000時間」でどのような愉しみ・喜び・パッションを構築するのかな?

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