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    12. 裏庭でレモネード

    用意されたレモネード。w is for wasted
    裏庭でおしゃべり。

    キンジーが必ず会って話をするのが、事件渦中人物の「隣人」。謎を解く糸口を提供してくれる率が非常に高い。S is for Silence の時も、T is for Trespass  の時も、U is for Undertow の時も、「隣人」のひと言が事件解決へ繋がった。ここW is for Wasted でも、しかり。

    こうした調査に活躍するのが二つの電話番号簿、Polk Directories と Haines Directory。この両方は実在する電話帳。

    名前引き電話番号簿。

    これは職業別電話帳、イエロー・ページ。まず扱う品物のページを探す。

    前者は、今思えば非常に素朴な、私たちもほんの少し前までよく使っていた名前引き電話帳。電話をしたいけれど、番号がわからないときに使う。持ち主の名前の次に登録されている電話番号と住所が表れる。日本ではこの方法以外の検索はできない。
    が、アメリカにはもう一種類、別の電話番号簿がある。
    それは住所から引く逆引きの電話帳。Polk Directories よりわずかに後発。その開発パイオニアがHaines Directory。

    逆引き電話番号簿。住所から番号を検索。

    逆の住所引き電話番号簿(です)。

    V is for Vengeance では、この Haines Directory が大活躍(覚えていますか?)した。これがあれば、自宅さえ突き止めれば、名前も家族構成も職業も、いとも簡単にわかるのである(えっ、と思うよね、これ。家族構成などは誰彼構わず知らせることではない。職業だって普通はやたら滅多ら他人には教えない)。

    この2冊は毎年発行。公立図書館には年別のこの2冊の電話帳が置いてある。
    図書館で昔と現在の電話番号簿をクリス・クロス(交差)検索し、キンジーは「昔の隣人」の現在の住居を、すいすいと調べてきた。

    図書館で2種類の電話帳を駆使して捜査。

    これだけあれば、見つかる。

    がこれは1988年現在の話。
    上記の電話帳についての記述は Alphabet Series の随所におけるキンジーの説明から私が理解した範囲の、ごくごく一般的な使用方法である。
    ところが。

    初期の電話機。

    初期の壁掛け電話機。

    電話機が企業で一般家庭で使用され始めると、まず名前引き電話番号簿が局地的に編集・発行されるのだが、それと同時に情報の持つ重要性が認識・理解されるに至る。すると、あれよあれよという間に、自動車や不動産の売買数、その統計・分析の結果、といった情報が企業に向けた Market Information として売買され始める。今やそのニーズは急速に加速、商品項目もターゲット分野も広範囲に及んでいる。すごいネ。

    旧モデルの電話機。

    日本で普及した黒電話。

    利便性を求める使用者の需要に応え、電話機は日進月歩進化して、今のスマホの形となった。スマホとは極小のパソコンだ。通信機能やカメラ・ビデオ機能や売買の決済機能まで搭載した、生活に必須な万能機械だ。

    溢れる情報の時代。

    最新の電話機、スマホ。PexelsのTracy Le Blancによる写真。

    その結果、固定電話は数が減少の一途をたどり、紙の電話帳ももはや風前の灯。
    オフィスの風景も大きく様変わりした。電話機はまだあちこちにあるが、必ず机の上にあるのがさっと開いてパタンと閉じる超薄型パソコン。そして全員が肌身離さず携帯するスマホ。

    そうだ、私はその大きな変化の目撃者である。

    新宿のオフィスで働き始めた1979年、報告書はすべて手書きだった。報告書を書く時間は短い。一つの仕事が終わると、B3の1枚の様式に盛り込まれた、色々な項目の成果について報告をする。最後に総評も書く。私は報告書記述要領の呑み込みがかなり早った。ボールペンで書き始め、少々ずれてもずれたなりに予定の総評に落ち着かせることができた。どうしようもないときは、当時「白抜き」と呼ばれていた白い液体を薄めに塗って、乾いたタイミングで正しい表記をする。初めから書き直すことはしない。時間がかかり過ぎる。

    筆箱の中の誤り修正テープ。

    筆箱の中の修正液は修正テープに進化した。   ↑👆↑

    そのうちにワード・プロセサーなる新兵器が現れた。これはワープロと呼ばれ(もう死語ですね)タイプライターと同じ文字配列だったので、どんどん打ちどんどん変換し、立派な報告書が出来上がり、大変喜んだが、わずか2、3年後にはもっと便利なコンピューターが現れた。

    その頃に使用していたPC。

    その頃使っていたPC。今は小さな絵画の展覧会場。

    これに慣れるにはワープロより長い時間が必要だった。「開始」すると、これまで使っていた報告書の様式が表れる。小さな空間の中をチマチマと埋める時、改行するためには alt とリターンキーを押す、などという細かな技術を覚える必要があった。ワープロからパソコンへの移行期が終わるころには、ミスも「最初からやり直し」もなくなり、訪問先の地図とか、講師の略歴とか、を検索・印刷することも覚え、仕事はどんどん捗るようになる。2011年に退職するころは、勤務先のポータルサイトも作られた。Facebook や instant message などがすでに広まっていた頃だったので、ポータルサイトには目新しさも便利さもなく、興味を示す人はあまりいなかった。

    世界中に浸透したスマホは私たち全員の必需品。

    私たちの生活必需品、スマホ。Pexelsのfauxelsによる写真。

    コンピューターと通信と情報。この三つは手に手を取って、いったいどこまで行くのだろう。IT とか  IoT とか AI とか、つい最近まで日常生活には無縁だったものが常識になって、その先にもっと便利な時代が待っているのか。
    このごろ熱心に視聴しているのがアメリカのテレビドラマ、「マダム・セクレタリー」。このシーズン3の初めに、国務長官の彼女とその家族が変質者に執拗な嫌がらせを受けるエピソードが 3 話ほど続く。この嫌がらせとは、パソコンへの侵入、家中の電気システムの機能暴走、執務室の壁への落書き、など。便利な生活が文字通り破綻、家族は怯えるばかり、ひたすら無力だ。非常に恐ろしい。磐石に出来上がっているはずのシステムも、頭のよいストーカーの手に掛かれば、いとも簡単に環境の平和と家族のプライバシーが壊される。便利さと脆弱さはいつも隣り合わせだ。

    図書館で2種類の電話帳を駆使して捜査。

    年別の二つの電話番号簿を用意。

    図書館の一隅のテーブルで住所や電話番号を調べるキンジーの姿は、すでに、色褪せた古いスナップ写真の一枚となった。固定電話最盛時代の電話番号もそれ以前・以後のものも、紙の電話番号簿に代わる情報検索はパソコンのアプリを開けば、only one click away の簡単さになるだろう。
    スー・グラフトンが Kinsey Millhone Mysteries の A から Z を書く間に、時代の科学技術はそれほどまでに進んだ。感慨深い。

    ただ、今の時代、個人情報が簡単に人手に渡っては非常に危険。固定電話網が最高点に発達した近過去に、2冊の電話帳を駆使した個人情報悪用の事件がアメリカにあったかどうか、調べていないので何とも言い難いが、そこに悪用する可能性のあるメガ情報バンクがあっても、その頃はそうした情報を操作してどうにかしよう、という悪意がなかったのではないだろうか。
    そうだとしたら、これまでの時代は奇跡のようにおおらかで麗しい時代、二度と戻ってこない平和な時代、だったのだ。ああ、私たちは何を失おうとしているのか。
    そして、どのような時代を迎えて、何を得ようとしているのか。

    菜園からの収穫、エンドウ豆。

    裏庭の木陰で収穫したエンドウ豆を剥く。

    昔、死んだDace一家の隣りに住んでいたのは、ロリー。今は認知症を患い従妹の世話で暮らす。案内された裏庭の日陰で白い椅子に座り、彼女は鞘えんどうを剥いていた。グラフトンはカリフォルニアの秋に育つ野菜をひとつひとつ、ロリーの座る裏庭の絵の中に入れていくが、これがまた牧歌的で美しい。

    ロリーの秋の菜園。

    ロリーの秋の菜園は実り豊か。

    老女は隣人だったDaceのことをちゃんと覚えていた。彼のアリバイが問題となる夜のこともよく覚えていた。キンジーはレモネードを半分残してテーブルを立つ。

    用意されたレモネード。

    楽しいおしゃべりが終わり。

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