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    15.サイコパスの犯罪

    ヤシ栽培で多様性が崩れかけた熱帯雨林。w is for wasted
    森は多様性を育む。この森はヤシ多植。

    グラフトンは異常さを示すシーンを積み上げ、この男がサイコパスであることを読者に知らせる。

    サイコパスとは、精神の病いを持つ人のことだ。決しておどろおどろしい犯罪を犯す人間のことではない。その病いゆえの共感・良心の欠落が原因で、驚くような犯罪に至ることがある。しかしサイコパスとは決して犯罪者と同義ではない。

    この犯人もそうした犯罪を犯す。しかし、人間臭いのだ。普通を装っていても良心の欠落は確かに見られる。ひょんなところで社会性の乏しい素地がしっかり表出する。しかし感情がある。彼の感情に私は共感できる。

    ハンサムな医師。

    ハンサムな医師(イメージです)。

    彼はナルシシスト。立派な仕事を持ち、容貌に恵まれ、気さくで話術に巧み、人当たりがよい彼は、大学の花形だ、将来が約束されたゴールデン・ボーイだ。妻は飛び切り綺麗な金持ちの娘。乗る車は高級車、サンダーバード。すれ違う通行人が浮かべる羨望の目を彼はこよなく愛する。彼の話に人が見せる感嘆の表情は、彼の命のエネルギーだ。彼は今頂点にいた。欲しいものはすべて揃い、現在手掛けているプロジェクトが成功すれば、それで彼の地位はさらに高まる。

    上昇して頂点に達すると落下が始まる。

    頂点を通過すると落下が始まる。OpenClipart-VectorsからのPixabayの画像。

    しかし。そこまでがサイコパスであることを秘して社会に在る彼の限界。
    投げたボールも頂点に達すれば落下を始める。
    彼が感じ始めた小さな違和感は、その落下の兆候。

    勝ち得たものを失うかもしれないと彼が抱く不安は、私たちが時折り悩まされる不安感と何ら変わりはない。W is for Wasted に描かれる犯罪は、時間をかけて築いてきた大切なものを失うまい、と彼が必死に打った「守りの手」の物語である。それがたまたま精神を患う男だった。

    研究に没頭する科学者。

    研究に没頭。PexelsのArtem Podrezによる写真。

    研究に没頭するうちに自分の専門が強固になる。

    研究に没頭。

    男の看板はいつでも、どこでも、「仕事」。その仕事に埋没し情熱を傾け十分な努力を積み上げたとき手応えのある結果を実感し、誇らしく「これが私の仕事」と納得することができる、他人もそう認める。
    しかし、この男はそうした情熱を持たない。当然だ、頭がいいから何でもすぐ理解する、できる、わかる。大した努力は必要ない。ずっとそういうイージーな人生だった。しかし思い入れがない分、自然、その「仕事」の醍醐味を知らない。目前に広がるはずのその世界の不思議・美しい規律・見え隠れする真実の妙味、が見えない。

    彼の仕事が危うい。世界が赤信号を出している。。

    それはxだ。

    この世の中が突然彼に赤信号を発する。彼は果たさなくてはならない大きな責任を全うすることができていないのだ。なぜなら彼は、情熱をもって仕事に当たる人々にとっては絶対的な「完成への意欲」が、低い。超一流の専門家ならとことん拘(こだわ)る細部の詰め・緻密さが、ない。
    彼は落下の不安の中で、自分が実は有能でないのでは、と感づいた節がある。暗い荒涼の中でひとり薄ら寒い不安に怯える彼に、私は十分共感できる。無論、そのような思いは次の瞬間には立ち消え、いつもの自信満々の尊大な自我に戻るのだが、不気味に淀み始めた空気はじわじわと強まるばかり。

    彼は小手先だけで仕事をしてきた。
    その結果が、今や大きく軋み始めたプロジェクト。
    地道さ・丁寧さを欠く研究から出た都合のよい結論が提案書となり、とんとんと事は運び、彼が設計提案した実証試験にスポンサーが付く。しかし始まってみると、彼は危機を感じる。脆弱な仮説が支える彼の理論は、出るはずのない、想定値から大きく外れる治験データ、という形で揺らぎ始める。
    彼は慌てる。そんなはずが、と慌てる。
    気づいていた空気の淀みは今や、何かわからないものに雁字搦めにさせられたような、信じられない息苦しさ、である。

    毎日の治験データ。

    治験データ。

    そういう状態はなくせばよいのだ。
    理論上の想定値から外れる試験データ。手直しをすればよい。
    臨床試験参加者の一人、ホームレスのデイス、は悪い「治験効果」を示した。試験から外そう。
    自分にとっての不都合は不都合でなくすればいいのだ。取りあえず。それが一時凌ぎでも。

    この拳銃でピートは殺される。

    ピートはこの拳銃で殺される。

    では、青天の霹靂、ピートがデータ改ざんの事実をネタに恐喝をしてきたが、これはどうすればよかったのか。彼は義父の拳銃を拝借してくるが、決して殺害を計画していたわけではなかった。拳銃を突き付けて、払った前金を返せ、と脅すだけのつもりだったのだ。そうすれば、金は戻ってくるはずだった。しかし、ピートが彼から拳銃を奪ったことでその心づもりは完全に崩れる。
    「僕の銃、返せ。義父の銃だって、言っただろう。返さなきゃいけないんだから。」
    これはまるで、不本意な展開に口を尖らせて抗議する、子供のセリフではないか。
    そうなのだ。グラフトンはここで地位も栄誉もある男を「向きになっている子ども」の声でしゃべらせた。彼にとって、その拳銃を元に戻すことこそ最優先。黙って親のものを使って、ひどく叱られた経験が(きっと)あるのだ。彼はがむしゃらに銃を取り戻そうとする。ピートと揉み合いになる。その勢いで発砲してしまう。

    この場合も結果的に、自分にとっての不都合を不都合でなくした。が、その時の彼の感情がその幼さが手に取るようにわかるではないか。

    外科手術用メスでキンジーを襲う。

    先端が鋭利なもの、バターナイフに似た形のもの、などメスには数種ある。

    夜の闇に潜んでいたこの男がポケットから鋭い刃物を取り出したとき、キンジーは一瞬のうちに理解する。彼は平然と、また些細な理由から人を殺す。彼には、殺傷が悪いことであるという認識がない。その痛みを理解していない。
    サイコパスの彼は、あちこち嗅ぎまわるキンジーも自分にとって不都合だからその不都合を排除しようとしたのか?いいや、この時ばかりは、彼は大切なものを壊されたことでキンジーを憎んでいた、恨んでいた、復讐したかった。
    ごく普通の人間の感情である。

    事件は、反社会的な行為に至った男の社会的破滅、で終わる。

    私のつぶやき:
    これは精神を病む男が犯した犯罪。それが極端に異様ではなく、おどろおどろしくなく、猟奇的でもなく、そこに在る状況が理解できるため私たちはむしろ犯人に同情的になる。これはグラフトンの意図。サイコパスの犯意には病状によって深度があるのだろうが、それが彼の場合、浅い。それも計算済み。グラフトンはこのサイコパスを意図あって「小粒」に描いた。その意図については次の機会に。

    こうした反社会的行為に至らしめる欠落や異常性は、両親から受け継いだものか、成長する過程で彼を取り巻いた環境が作ったものなのか。

    それは現時点ではあまりよくわかっていない。

    この地球は生きとし生けるもの、すべてのもの。

    全ての命が生きてよい。

    トカゲもアリもカマキリも、猫も小鳥もハクビシンも、泥道のオオバコも野原の白詰草も、マンモスもフクロオオカミも朱鷺も、あの一本松も屋久島の1000年杉も、みな、意味のある命を生きてきた、生きている。それぞれが生きる権利を持つ。何かの原因で社会性や良心がすっぽり欠如する病いに罹っていることがわかれば、その人にはそれを直して健康に暮らしていく方法を採る権利がある。

    いつか、発生メカニズムが解き明かされ、彼らの人としての権利の回復する日が来ますように。

    透過電子顕微鏡。

    電子顕微鏡を使用して研究。

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