U is for Undertow の投稿は終了しました。これから次の V is for Vengeance の準備に入ります。しばらくお待ちください。
コメント

    オオカミ犬、ウルフ

    オオカミ犬、ウルフ。U is for Undertow
    ウルフ。

    大型犬の遺骸の上にあった名札 dog tag には ウルフUlf という名前と電話番号が記されていた。契約の調査は終了していたが、マイケル・サットンの落胆に同情するキンジーは今まで行ったことのない遠い町に犬の持ち主を訪ねる。

    サンチェスの家。

    サンチェスの家。

    初めて出会う人に用件を正確に伝えるのは難しい。伝えることはできても、気分を害されて鼻先でドアを閉められることもある。電話もせずいきなり戸口をノックする方法では、なおさらのこと。でも大丈夫、キンジーの話術は素直な直球。策は弄さない。S is for Silenceでバイオレットの夫フォーリーにゆっくり口を開かせ、たくさんのことを話させたのも、彼女の誠実さが伝わったからこそ。皆、安心して話を始める。

    キンジーはまず差しさわりのない会話から入り、信頼を築く。それから本題に移る。核心をごく手短に説明する。サンチェスが「犬」という言葉に反応した。そこからは早い。言葉少なくもう一つの重要な質問をして、サンチェスに記憶を絞らせる。「犬」と「死んだ犬」、この2語でサンチェスはあの21年前のオオカミ犬のことをはっきり思い出した。

    オオカミ犬、ウルフ。

    ウルフ。Image by 3Dinaani from Pixabay

    サンチェスはドアを大きく開ける。繊細な話だ。「中で話しましょうか。」
    犬の名前 Ulf ウルフは、18歳の息子が wolfdog(オオカミ犬)からつけた名前。息子が路上で出会った男から譲り受けた、生まれて間もないオオカミ犬だった。

    オオカミ犬の子供。

    オオカミ犬の子供。Image by Roentgenfee from Pixabay 。

    オオカミ犬、一般的には雌の普通犬と雄のオオカミから産まれる。それはそうだ。雌のオオカミがよしんば妊娠したとしても、産むのは雌の行動範囲内の場所でしかない。だから産まれた子犬が人間の目に留まることはほとんどない。その子たちはオオカミとして育ち、オオカミとして山の中で生を全うするのだ。が、ハイブリッド第一代目のその子たちは、オオカミの社会でうまくやっていけるのだろうか。群れの中でその子が純粋なオオカミではないことを、群れの「大人」は理解するのだろうか、しないのだろうか。

    オオカミの群れ。

    オオカミの群れ。Image by elishawolf from Pixabay 。

    それを心配するならば、庭で飼われている普通犬の雌から産まれた小さなオオカミ犬には、ずっと大きな苦労が待ち受けている。人間をどう受け止めるか、人間からどのように扱われるか、でその子の運命は決まる。そういう子犬が産まれた時、私たちは珍しがってペットにしてもいいのだろうか。では、山に返すことがその子にとっていいことなのか。難しい問題だ。

    痩せこけて人の住まいに近づくオオカミ。

    痩せこけたオオカミ。人間が食べ物を与える。Image by veronicaannehill from Pixabay

    人間が農耕生活を始めるずっと前、野生の群れから落ちこぼれたオオカミやヤマネコが、食べ物の匂いで人間が寝起きしている傍に近づいた。人間は彼らに親近感を覚え、食べ残しを与える。それから長い長い年月を経て現在の犬や猫になったといわれる。

    混血種は産まれた直後から人間に接していても野生の血が強く、おいそれとは人になつかない。たとえ馴致させることができたとしても、それは極めて限定的で、ウルフの場合、18歳の息子は彼の主人だった、彼にはなついた。しかしその息子が事故で死んで、父のサンチェスが世話をするのだが、ウルフはサンチェスに心を許そうとはしなかった。

    主人を失って悲しむオオカミ犬。

    主人の死を悲しむウルフ(名札をつけている)。

    息子が死んでから共に過ごした日々のやりとりの中で、Ulfという名のオオカミ犬がいかに気高く美しかったか。サンチェスは言葉少なにキンジーに語る。

    サンチェスは大いなる自然の神秘を見たのだ。人間との間にはっきり引かれた一線のあちら側にいて、あちらとこちらとがときおり立ち止まって互いに見つめ合うことはあっても、線のこちら側との接点はほとんどない。それでも例外が生まれる、事故が起こる、ひと時の混乱が巻き起こる。その混乱は必然であるのか、はたまたただの偶然であるのか。それはわからない。わかるのは、少なくとも小さな命が何かよくわからない大いなるものに、好きなように翻弄される哀しみである。

    森の中の野生オオカミ。

    野生オオカミがこちらに気付いた。Image by Olle August from Pixabay 。

    オオカミと人間との間に生まれた絆は、2種の異なる生物の間に生まれた奇跡的な情愛だ。できれば人間があまり手出しをしないほうがいい野生動物との交流の哀しさの中で、その哀しみを幾らかでも軽くしてくれる唯一のものが、その情愛、だ。

    ウルフが山で生まれていれば、遠くには人間の存在があることを理解しながら、オオカミとしての一生を遂げることができた。ウルフは里で生まれ、サンチェス親子に出会い、そこで人間を信じるということを彼なりに学んだ。野生の血が強い彼には、その信頼が揺らいだり、よくわからない不安に襲われることもあっただろう。それでも打たれたり蹴られたりすることはなく、毎朝食べ物と新鮮な水が彼の前に用意され、手で頭や背中を優しく撫でられ、静かに話しかけられ、愛撫もされ、寒い日には彼らの側に引き寄せられ、それがオオカミの血にも情愛であることは理解できた。遠くに微かに聞こえるオオカミの遠吠えに全身が理解を超えた哀しみで震える夜もあったかもしれない。でも、ウルフは彼なりに幸せであったのだ。

    ウルフ、これから病気になる。

    ウルフ。Image by 3Dinaani from Pixabay.

    でも病魔には勝てない。

    ウルフは病気になった。オオカミ犬の治療を引き受ける獣医師は当時とても少なく、サンチェスがようやく見つけたのがサンタ・テレサの獣医師McNallyだった。検査の結果は不治の病。獣医師は安楽死を勧め、サンチェスは同意する。

    ウルフの遺骸は動物病院の外の小さな小屋に置かれて処理業者の回収を待った。

    コメント

    タイトルとURLをコピーしました