U is for Undertow の投稿は終了しました。これから次の V is for Vengeance の準備に入ります。しばらくお待ちください。
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    スー・グラフトンの母 

    気分の良い日にはドアが開く。U is for Undertow

    U is for Undertow に挿入される異なる時間軸・異なる人称の章は、デボラ、ウォーカー、そしてジョン、3人のもの。それぞれが色々な形で「地の物語」の登場人物と関わっている。

    ウォルターは舞台が発掘現場になった時に野次馬として初登場し、それから彼のアルコール依存、交通事故へと展開する。キンジーが認識するのはずっと後になるが、このウォーカー、高校がキンジーと同じで歴史はクラスも同じだった。キンジーが密かに、素敵、と思いながら見つめていた少年だ。彼といつもつるんでいた少年も登場する。それが、ジョン。

    ジムの前に立つ二人の高校生。

    高校3年生の二人。ウォルターとジョン(1967年)のイメージ。

    「大丈夫、しばらく休めばよくなるから」
    ベッドから起き上がれない母はか細い声でそう言った。
    子どもの頃から喘息持ちだった母は大人になるとしょっちゅう合併症の病気に罹り、起き上がれないことはこれまでもよくあることだった。しかしその日は学校から帰ってきても、母親はベッドに寝たままだ。これまでにない状況に、13歳の少年ジョンにも、母親の具合の非常に悪いことがわかる。彼は救急車を呼んだ。

    救急車を呼ぶ。

    救急車が到着。Image by 2dogspoopin0 from Pixabay

    この母親は「子どもの前で寝る母」。S is for Silence に登場したライザの母親にそっくりだ。
    まだ14歳の中学生、ライザ、が週に何回もバイオレットの家でベビー・シッターをしたり、夜遅くにデートができるのは、家庭の中に娘のそうした行動を管理・監督する母親がいないからだ。ライザの母親は朝も昼も夜も、居間のソファで酒を飲みタバコを吸いながらまどろみながら、時間が過ぎていくのを見つめていた。母が娘の心配をするどころか、娘が母の心配をしている。

    ソファで寝たまま煙草を吸う母。

    酒も飲む。PexelsBianca Salgadoによる写真。

    ベッドであれソファであれ、そこに横たわったままでいる母親、これは、誰あろう、グラフトンの母の姿である。

    Kinsey & Meの表紙。

    Kinsey and Me/stories は2012年に、キンジー・ミルホーン誕生30周年を記念して発行された。

    Kinsey and Meの第一部。

    第一部のキンジーの推理物の短編、

    Kinsey and Meの第二部。

    第二部のグラフトン初期の創作短編、の
    二つを併せ載せた「習作集」のような1冊だ。その創作短編集でグラフトンが、少しずつ形を変えて何回も書こうと試みたのは、アルコール中毒で起き上がることができない母親、そういう母をひたすら見守る娘、の姿である。母親を描いたこの何篇かのストーリーに父親は存在しない。病んでいる母と、最低限の義務(学校へいくこと)を果たしているだけの娘の、二人が過ごす毎日の、居間における二人だけの話で、心配しながらじっと声を潜めて遠巻きに見守る隣人、気分が少しでもよくなればドアを開け晴れやかな顔で社会へ出て行き、急いで出てきた隣人と言葉を交わす母親、それを喜ぶ娘、そしてまたすぐ元の居間へ戻るときの落胆、絶望に支配された希望の光が届かない生活、が逃げ出したくなるやるせなさを伴って描かれる。

    気分がすぐれるとドアを開けて隣人に挨拶。

    気分がすぐれるとこのドアが開く。Pixabay。

    その頃から長い時間が過ぎ、グラフトンは母親の呪縛から解きほどかれ平和である。

    ライザの母親として描かれる「グラフトンの母」は、社会へ向ける顔をちゃんと保持していて、娘の友人のキャシーがやってくれば、根が生えたソファから起き上がり、彼女と言葉を交わす。離婚した母子家庭とはいえ、家の主婦として社会に対応する気構えがある。

    ジョンの場合は。それまで何もかも母親に依存して13歳になった少年が、母の異状に緊張し狼狽えながら、救急車でも呼んだほうがいいよね、と母に尋ねる。が、彼女は返事ができないほど衰弱、少年はそこで自分一人の判断で救急車を手配する。母親の死は彼の親への依存にピリオドを打ち、以後の自立を促す結果となった。

    母親は救急車で病院へ向かう。

    病院の救急外来へ搬送される。Image by Paul Brennan from Pixabay

    この2作品にグラフトンは自分の母をモデルとして使った。S is for Silence を執筆した2005年、グラフトン65歳、U is for Undertowはそれから4年後、69歳。母の病気をモチーフにした短編を書いたのはそのかなり前、母親が死亡した1960年から10年間ほどの間、グラフトン20歳から30歳の頃である。母を書き続けることで母との確執は収まりどころを見つけ、それからの年月の間にゆっくり昇華され、心の絶望は平穏に取って代わる。グラフトンは自分の母親の記憶を、自分の小説の中で状況に合わせて書き分ける客観性を持つまでになった。

    母と3人の息子のポートレート。

    母と3人の息子。Image by Marlic38 from Pixabay 。

    「グラフトンの母」も、バイオレットも、ライザの母も、ジョンの母も、みな母親不在の家庭を作ってしまった。子どもに与えた影響は計り知れない。多様な家庭の問題は父と母、夫と妻、が解決を試みて然るべきだが、そううまくは運ばないことがあるのも常。父親が不在でも母親さえ元気で子どもの側にいれば、子どもはちゃんと育ち家庭はしっかり前に進む。これから結婚し家庭を築く人に、このことを心に刻んでおいて欲しい。

    子どもを育てることは、人生の大仕事である。

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