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    題名の訳出は難しい

    波が打ち寄せる海岸。U is for Undertow
    これは表面の波。海底近くには岸から離れる強い流れがある。Image by Dimitris Vetsikas from Pixabay 。

    題名への強いこだわりを持って、私はS is for Silence、 そしてT is for Trespass、と読み進んだ。

    S is for Silence を初めて読んだときはずっと、この silence は「沈黙」と私は感じていた。それがsilence の第一義である。確かに。姿を消してからというもの、バイオレットからは何の音沙汰もない。「静けさ」だけがある。彼女が突然口を噤んだような「沈黙」だ。彼女がいなくなった後の、夫フォーリーと娘デイジーの心には大きな穴が空き、その中にも確かにずっしり重い、まるで罰のような、「沈黙」がある。

    S is for Silenceの表紙。

    だが読み終わる頃までに、この本は s の音を持つSは失踪のSと私は捉えていた。これなら端的にこの本の、この事件の、本質を表す。若く美しい女がある日、忽然と姿を消した。乗って行った新車も彼女の死体も出て来ない。まさしく、失踪、である。しかも、Aからずらりと並ぶ犯罪関連の用語を題名とするスタイルを踏襲している。そこで、本来 silence は持たない意味ではあるが、敢えて語義を離れ、本質を取って「失踪」とした(沈黙は詩的で、捨て難くもあるが)。

    S は失踪(っそう)の S

    T is for Trespass は迷いなくTは他人なりすましのTとする。Trespass とは自分の権利が皆無の場所にずかずかと入っていくこと、でこの本の場合、無断で他人の身分を使用すること。これって、平たく言えば、りすまし。ここで描かれる犯罪の本質も、まさにりすまし。これはTの本なのでTで始まる題名にするべく、「他人」を付け加えた。泥棒、死体、証拠、探偵、のように2語で収めることはできなかったが、ま、アリバイ、ロマンス、と少しは例外もあることだし。

    T is for Trespass の表紙。

    T は他人(にん)なりすましの T

    題名まで考えているが、私は別に、いずれこの7冊を翻訳をしたいと考えているわけではない。そんな、おこがましい。ただ、未翻訳の8冊邦訳題名の規則性死守という難解パズルに、ついつい挑戦してしまうわけで。

    SからYまで7冊は著者の新しいスタイルで書かれる

    この全巻に題名をつけます。一応。

    かくして、発行済み未翻訳の7冊、題名を考えながら・感じながら読み進めた。犯罪用語・警察用語・法律用語を使い、できれば漢字、そしてどうしてもそのアルファベットの持つ代表的な音と同じ音で始まる2語、に限定しながらアンテナを高く張って。

    本棚のグラフトン・コレクション、S が正面を向いている。

    未翻訳本。7冊。プラス。

    しかし、U is for Undertow に至ってハタ、と止る。私の頭の中の「規則性死守の邦題」という項目には何もヒットしない。空、だ。感じない、のだ。Undertowとは下層流、底流。海面に見える波の動きとは異なる、海底面近くで岸から海に向かう強い流れ。海水浴客の海難事故に繋がる流れ。確か、離岸流ともいう。でもこれって、そもそも、犯罪にまつわる用語?

    U is for Undertow の表紙。

    Undertowの一部が値引きのシールで隠れています。

    初めてこの作品を読んだのは2019年の夏のころ、この原題は私の心にあまり響かなかった。2回目を読み終えても、事態はほぼ同じ。だから、脳を絞っても何も出てこない。それでは力づくで見つけるしかない。しかし、いくら辞書とはいえ、都合よく欲しい言葉が欲しい形で載っているわけではない。U(「ゆー」もしくは「う」、「あ」の音は眼中にない)で始まる下層流・底流の代替語など、ない。

    そういうわけで音の一致はギブアップ。だから訳語をそのまま、音も適当に借ります。この本の「わたし的題名」は、非常に苦しい、無理を承知の「Uは運命の底流のU」。

    Uは運命(んめい)の底流のU

    ところが。

    一応落ち着いたものの、未練たらしく眺めていたら、おや、「ゆー」があるではないか、と気づいた。事件の実際は誘拐である。私は長い間、undertow にがんじがらめに縛られっ放しになっていてたのだネエ。同じ方法を S is for Silenceで使っているではないか。それに、undertow にはあまり執着がないではないか。

    そう、「Uは誘拐のU」。どんぴしゃり。字も音も一致。

    誘拐(かい)の U(

    グラフトンもこの undertow には苦労している。読者に納得してもらうべく、この物語の主人公の母親が毎週海中水泳教室に通っている、という設定を挿入、家庭内に嵐が吹き荒れているとき、彼女はそのレッスン中に底流に取られて溺死する、というエピソードに発展させた。「底流」に近似する語をいくつか挙げ、定義し解説もしている。もう一つ、この語を織り込んでサンタ・テレサ海岸の商業的利用の困難さを説明をしている(が、事件には直接関係しない)。

    だから、ま、いいか。題名の意図が難しいこの本は、シンプルにUは誘拐のU」。

    誘拐(かい)の U(

    波が打ち寄せる海岸。

    Image by Dimitris Vetsikas from Pixabay 。

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