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    3人の男たち

    談笑する3人の老人S is for Silence
    3人の老人。

    スー・グラフトンがS is for Silence を執筆したのは、R is for Ricochet を脱稿した2004年から翌2005年まで(この頃から毎年1冊刊行のペースではないか、すごいなグラフトン)。もちろん、ストーリーの核になる部分は、本格的に書いたその時期よりずっと前に得ていて、それを彼女の方法で温め育てていたはず。執筆の頃、グラフトン65歳。この年代は、定年退職が迫る時期。日々じわじわと確実に近づいてきている老いを、実感するとき。何より、子供達が次の世代を産み、自分の前にそして後に綿々と続く命の繋がりに、初めて気づき強く感動するころだ。

    祖母、母、娘と命は繋がれていく。

    母娘孫、3世代。RODNAE Productions

    これまでの作品を思い起こしてみれば、

    • 老いの理想形を読者に見せる家主ヘンリー(『アリバイのA』1982年から出ずっぱり)、
    • 15分間昼寝をして俄然元気回復、南部料理を作る80歳台のヘレン(『無法のL』1995年)、
    • 老人介護施設で密かに繰り広げられる大規模な詐欺事件(『危険のP』2001年)、
    • 歳を取って引退したドーラン警部の指揮のもとキンジーが足となって解決する事件(『獲物のQ』2002年)、

    と老いはしばらく前からすでにグラフトンの大切なアジェンダになっていた。S is for Silence ではスマートに年を取った人生の成功者をずらり3人並べて登場させる。

    重役の3人。年寄りだが元気。

    かっこういいね。

    いやあ、年取った男はかっこいい。中年でたっぷり蓄積した脂肪はとっくに削ぎ落し、皺やシミや白髪すら気品の一部にしている。3人とも現役のバリバリ、実にスマートなのだ。

    ただ、彼らもここまで来るのに問題がなかったわけではない。1953年のまだまだ若い時、彼らは等しく、バイオレットとの関係から煮え湯を飲まされる思いをし、苦渋の決断を強いられ、抜き差しならないぎりぎりの状況から這い出し、しばらく信じられない思いで呆然と立ち尽くしたのだ。まさしく青春の嵐であった。

    恋、結婚、家庭、家族、という人生最初の一大事業が終わっても、人生はそれで終わりではない。その後にも様々なことが起こって生活は続いていく。ささやかな喜び、大きな幸せ、再びの恋、再びの野望、いつもの不満、深刻な問題、遠い希望、近くの絶望、と様々なことに人は振り回され続ける。青春の嵐は、それを青春ゆえとは知らず、ずっと続くのだ。

    音楽を聴きながら思わず指揮をする元気な老人。

    元気。

    青春とは若者だけの特権ではない。ずっと続くのだ。小さく揺すぶられ大きく振り回され、その都度、軌道を修正し、振幅が落ち着くのを待って、再び歩き出す。そうしながら人はそれぞれ最良の在り方・最良の収まりどころを見つけていく。それが人生なのだ。それが、歳を取っていく、ということなのだ。

    ずらり3人並んで登場した男たちも、人生半ばの衝撃的な恋愛の終焉からそれぞれ立ち直り、34年後には人生の成功者となっている。が、ひとりだけ、内に秘密を抱えている男がいた。その事情がどのようなものであれ、その解決のために人を傷つけるという、超えてはいけない一線を彼は良心の呵責を感じることもなく、越える。周到に計画し実行しその犯行を隠蔽。この男は悪人である。この男を横に並ぶ2人から分かつものは、犯行に及ぶことに躊躇がなかったという、人間が人間である条件の見事な欠落である。

    黒い秘密を抱えた悪人。

    悪人。

    次作、T is for Trespass、は極悪人がストーリーのテーマだ。

    愛、憎しみ、別離、善、悪、老い、死、そういうことのすべてを、グラフトンは自分の人生を生きながら学んできた。それを一つひとつ丁寧に著し、グラフトンは自分も直面している問題として、控え待つ大きな老後問題を私たちに提起してくれる。グラフトン自身、どのような老後を過ごしたのか、特に、どのような最期の時間を持ったのか、気になる。

    白いユリ、亡くなったグラフトンに手向けます。

    手向けの白百合。

    Z is for …を書き終えることを気にかけ、心休まる暇もなかったのではないか、と心配になる。

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