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    宿題はしたけれど

    言及のあった発言を含む著書。S is for Silence
    この中のIntroductionでキンジーについて語る。

    先の投稿、「ふたり」、の記事の中で私は、「私から社会のしがらみを引くと、それはキンジー」とグラフトンが言った、と書き、それがどこに書かれていたかを調べる、と書き加えた。私の宿題である。

    キンジーとグラフトンがこちらを見ている

    ふたり(本写真は説明用のイメージで、本文とは関係ありません)

    確かに私は「しがらみ」という言葉を見た。その言葉の記憶が残っている。それに対応する英語ではなく、確かに日本語で。ということは、おそらく、「私から社会のしがらみを引くと、それはキンジー」という内容の文章は日本語のウィキペディアにあったのではないかと思う。グラフトンがキンジーを語る内容を私が読んだ場所は、そうたくさんはなかったからだ。そして、ウィキペディアの記事は編集されることがままあるからだ。

    花2輪。

    花2輪。

    グラフトンがKinsey and Me/storiesを一冊の本にまとめたのは、カバー折り返し面の説明によると、「この本はキンジー・ミルホーン生誕の30周年を祝うもの」、なので(『アリバイのA』は1982年発行なので)2012年のことと思われる(日本の書籍には最後に必ず奥付という発行年や発行者、発行所などの情報があるが、これは国際標準ではないのだ、便利なのに)。この本の前半にはキンジー・ミルホーンが推理して解決する短編(とても短い)、そして後半にこれまで発表したことのない、グラフトンのごく若いころの母の思い出が数篇収められている。

    忘れな草2輪。

    忘れな草2輪。

    そのIntroduction に、「キンジーは私の分身。早く結婚しなければ、子供が生まれていなければ、私はこうなったのではないか、と思われる人物である」とある。これがここで問題となっている上の表現↑↑↑にかなり近い。この文章はあちこちで見かける。ちなみに、このIntroduction は涙なくして読み終えることができない。いずれ詳しくご紹介を予定。

    薔薇2輪。

    薔薇2輪。

    つまり、私の「宿題」は残念ながらきちんと達成できなかった。これからは、必ずメモの用意をして、途中で読むのをやめたくない、という衝動をコントロールする、と決心。そして、うろ覚えのものは、まず、書かないことも。

    上↑↑↑の表現をいろいろサーチしている過程で、次のブログにヒットした。ブログの筆者は京都のKinsey (!!! )さん。記事の中に、スー・グラフトンが亡くなった翌日に彼女の娘さんがFacebookに載せた訃報、があった。非常に貴重。

    「さようなら、キンジー・ミルホーン」を読むにはここをクリック・プリーズ。

    Kinsey さん、ありがとうございます。共有させていただきます。

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