キンジーの住む町、サンタ・テレサ、の北に位置する小さな村で34年前に若い女が失踪する。彼女の娘がキンジーに、母親の行方の捜索を依頼。キンジーの調査が始まると、夜のうちに彼女の車のタイヤが裂かれる。キンジーは母親の失踪について何か知っている人間がいる、と直感する。

後談:宿題はしたけれど
著者のキンジーについての発言の出所を調べるという「宿題」があった。2012年に出版された『キンジーと私/stories』の冒頭に似た表現がある。どうもそれらしい。調べているうちに発見したブログにFacebookに投稿されたグラフトンの訃報が。感謝して共有。

バイオレット退場
この本が示したのは、グラフトンの技術の巧みさ。そしてストーリー性の確かさ。技巧として新しく指摘されるのが、バイオレット生存最後の半時間の描写に込められたグラフトンの思い。彼女はここで、バイオレットを登場させ、そして読者に彼女が生きている最後の姿=退場を見せる。

3人の男たち
バイオレットを愛した3人の男は、愛の葛藤を乗り越え、その後の幾多の試練も乗り越え、ビジネスは成功、今やあるべく場所に落ち着いている。真摯な生き方が風格となって漂う。その中に、真剣に生きてきたからよい老人になった、という因果関係の成立しない男が、一人。

1953年の5万ドル
バイオレットのお宝、サンタ・テレサの銀行の貸金庫に預けておいた現金5万ドル、は1ドル=100円とすると500万円だ。バイオレットの失踪が彼女の金目当てだったとしたら、この金額が殺人の引き金になるのだろうか。そもそも、当時の5万ドル、っていくら位?

辞書を片手にスー・グラフトンから学ぼう !!
ネイティブと同じレベルの言語力を持つことは困難。中高生の英語力でも、SからYまでスー・グラフトンを原書で読もう。彼女はお勧め。大丈夫、辞書をまめに引きさえすれば、どうしてもわからないことを調べさえすれば。時間はかかる。でも、その結果は素晴らしい。

ふたり
グラフトンは調子が乗ると文中にユーモアを練りこむ。キンジーにもそれが表れる。キンジーの感性はグラフトンの感性。二人が似ているのは、キンジーがグラフトンの分身だから。人の観察基準も、人を見る優しい眼差しも、二人はほぼ同じ。その優しさは大きな魅力だ。

とにかく細かい:人物描写
事件関係者から話を聞く。バイオレットの夫は、妻の失踪という傷を背負ったままだ。キンジーは目に入るすべての情報を細かく書き、読者に正しい像を伝える。非常に細かい描写が連続するので、読者はいつか、映像を見ているかのような錯覚を覚える。

「著者からひと言」
本文第一章の前のページは「著者からひと言」。出てくる村や町の名前はすべて創造物なのに、一つだけ実際に存在するSanta Maria を使ったことで、舞台周辺の雰囲気をそのままこの物語の中に借用したことを、グラフトンはここで公言する。

インデックス・カードの効用
キンジーが常にバッグに入れて持ち歩いているのが、このカード。大量に使うので、しょっちゅう買い足す。原則、一枚に一つの情報だけを書く。行き詰まった時の救世主。様々な方法でカードを眺めれば、秩序が立ち上がり、客観性が訪れ、解決の糸口になったことしばしば。

探偵キンジーの資質
キンジーの感受性は意味がないように思える事実をも実は確実に受け止めている。それが蓄積して、彼女はしばしば勘や直感に導かれて真実にたどり着く。屋敷の2階から庭を見下ろしながら、古い昔の記憶により、彼女はバイオレット失踪の謎の糸口を見つける。